飼い猫のかりんがぐったりしていたので、夜間救急動物病院へ向かった。
思えば昨日から、いつもと違う鳴き方をしていた。
何度もトイレに入っては、表情のない顔でしばらく佇み、股ぐらを執拗に舐め、何かを訴えるように鳴く、というのを繰り返していたのだ。
これまで一度も粗相をしたことなどなかったはずなのに、部屋のいたるところに、ごくわずかな量の尿や糞を散らかしているのを見つけて、ようやく異変に気づいた。
ネットで医療に関わることを調べると、不安を煽るマーケティングに毒された情報ばかりでげんなりするのだが、
なるほど。猫にとって泌尿系の疾患、つまりおしっこが出にくいというのは、下手をすると命取りになりかねない、というのは事実のようだ。
深夜零時前。かかりつけの動物病院は診察時間外なので、近くの夜間救急を探す。
詳しそうな友人に連絡を取る。
もう一度状態を確認する。
猫特有の、のんびりという様子ではない。やはりぐったり、している。
江ノ島の近くにある、夜間診療専門の救急動物病院に電話をかけ、症状を説明すると、今すぐきなさいという。
本格的な春を告げる生ぬるい雨のなか、ほとんど交通量のない国道134号線を走っていく。
ゆっくり。ゆっくり。言い聞かせて。
ふいに、思いだす。
長男の川崎病が発症したとき。家人が倒れたとき。親父が死んだとき。
病院へ向かう車はいつも、地面から数センチメートルくらい、浮いている気がする。
いつもなら揺れる車内のキャリーケースで鳴きつづける猫が、黙って一点を見つめている。
診察を終えると、スキンヘッドにヒゲ面の獣医が、真剣な表情で状況を説明してくれた。
——なんらかの原因で、膀胱が詰まっている。
——尿が貯留して、このままでは腎不全を引き起こすので、いますぐ処置をしたい。
——お願いします。
待合室で、ときおりきこえる猫のうなり声と機械の動作音に耳をすます。
介護士として医療の現場に従事することも多い家人はおちついたものだが、俺はこんなとき、ひたすら貧乏揺すりを隠している。
いつまでたっても、待合室ってのは、慣れないもんだ。
いつの間にか、一時間ちかく経っていた。診察室の戸が開いた。
経過はまずまず。貯留していた尿を取り出し、危機は脱した。
尿に砂のような結晶が見られるが、まだ結石にはいたっていない。
点滴、止血剤、抗生物質等の投与をしたので、今日はもう大丈夫。
思わず、安堵の溜息が漏れる。
——明日また、かかりつけの動物病院で今後の方針を話し合ってください。
ありがとうございます。ありがとうございます。
クロサワの時代劇で見る、侍に命を救われた百姓のように、何度も頭を下げた。
医者の前では、いつも、己の無力を味わう。
家に戻ると、二時近くになっていた。眠いのだが、頭は妙に覚醒しているので、寝酒のウイスキーをあおった。
猫は、まだ鎮静剤が効いているのか、とろんとした目をしているが、それでもわが家の匂いに安堵しているのがわかる。
——なにはともあれ、生きててよかったな。
粉砕骨折やら、泌尿器疾患やら、いろいろあるが、そんな不慮の出来事があるたびに、この白い獣も家族の一人なんだなあと、しみじみ、思う。
そして通える距離に、深夜でも対応してくれる夜間救急動物病院がある、というのは、これはありがたい話だ。
夜間なのでそれなりに高額にはなるが、こんな深夜でも、あれだけのきちんとした処置を施してもらえ、下手をしたら失していた命が救われたのだから、我が国は恵まれてるといわざるを得ない。
尿道に管をつっこまれたり、特別療法食のフードになったり、そうとうのストレスがあっただろう。
今日は朝からべったりで、書斎でも無理やり膝に乗ってくるほどだが、まあしょうがない。
気長につきあっていこう。
なにしろ、生きてるんだから。
平塚はこちら。
Comments by 茅ヶ崎の竜さん
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