よく晴れた朝、突然、外から男の怒鳴り声が聞こえてきた。

起きしなに憂鬱な気分になりそうだったので、声のする方角の窓を閉めたが、しばらく心はざわついていた。

彼が怒鳴っている声そのものより、いまこの瞬間に、あのような荒ぶる声で責められ、震えている誰かがそこにいるかもしれない──ということが、堪えられなかった。

それから書斎のソファで本を読んでいると、窓の外、電柱に数羽の雀がとまって、ちゅんちゅん鳴いているのが聞こえた。

それはとても心地のいいさえずりで、僕はボブ・マーリーの〈Three Little Birds〉を思いだして、気分がよくなって、ウクレレでそれを弾いて、唄った。

怒りと憎しみの声から、幸福を唄う小鳥の歌へ──わが家のあっち側とこっち側で、こんなにもちがうものかと、僕は苦笑する。

男の怒声はもう聞こえなかった。聞こえるのは小鳥の歌声と、頭のなかに響くレゲエのリズム。

そのときふいに気がついた──あの男の怒声にあんなに反応したのは、かつて僕自身が誰かにああやって声を荒げてしまったこと、そしてもっと昔、自分が子どもの頃に、ああやって怒鳴られて、震えていたこと、それに心が共鳴したんだってことに。

いい歳のおっさんになったのに、自分のなかにまだあの日の少年がいたのだと、すこし驚き、すこし恥ずかしく、でもなんだか嬉しくも感じた。

街を歩けば、楽しそうに笑っている学生、心配そうに俯いている女性、目立ちたくて大きな声を出す男の子、イライラした顔で運転するおじさん、いろんな人がいるけど、それらはみんな、あの日の僕だった。

そんなことを思いながら、閉じていた裏窓を開けた。

車が走りぬける音、風の音、遠くのピアノ、波の音、こっち側からも小鳥のさえずり、それから誰かの笑い声が聞こえた。

もう、あの声はしなかった。声は外ではなく、内側から聞こえていたのだから。

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