この前お風呂屋さんで気まぐれに体重計に乗ってみたら、自分で思っていたほどには体重が増えていなくて拍子抜けした。
昨年の夏に親父が他界してから、死後のあれこれの整理に追われて、やりかけの仕事が放り出され、家族ともども体調を崩したりして、それらによるストレスでゆるやかな暴飲暴食が続いていたので、もっとでっぷり太っていると思っていたのだけれど、そう簡単に個々の身体に定められた体重のボーダーを突破することはできないらしい。
とはいえ過去最高体重タイだし、高校生の頃から比べれば20kgちかく太っているので、学生時代の友人や仕事仲間たちには「太ったな!」と言われるし、身体はやっぱりそれなりに重いのだけれど、当の本人は太ったことをそんなに気にしていないというか、まあそんなもんだろ、という他人事のようで、むしろでっぷりと恰幅のよい自分の体躯を鏡の中で眺めてみると、まんざらわるい気はしないのである。
思い出すのは今から十年ほど前、茅ヶ崎に越してきたばかりの頃。日が暮れる頃には都内の家に帰らなければならない「街側の人」から、いつでも好きなときに海に来られる「海側の人」になれたことに浮かれて、しょっちゅう用もないのに海辺をふらついていたとき(今も同じか笑)、茅ヶ崎漁港で、あるおじさんに出くわした。
平日の午前中、たっぷりと降りそそぐ陽光に眩しいほど全身を照らされたおじさんは、焦げてるんじゃないかっていうくらい真っ黒に陽灼けしていて、そしてでっぷりと太っていた。陽灼けしているせいか、デブ、というよりは、往年の名プロレスラー・マサ斉藤を彷彿とさせる、たくましく力強い、という印象のほうが色濃い。とはいえ太鼓のような立派なエビス腹をぶらさげているのだけれど、なぜか僕はそんなおじさんを「なんかいいなあ」と感じたのをよく覚えている。
年を重ねても身体のケアを怠らず、若い頃と同じスタイルをキープする村上春樹さんや所さんなんかもカッコいいけど(親父もそうだった)、僕はもっと気のぬけた、ラーメンチャーハンギョーザを生ビールでかっこんで剛胆に笑うカンフーパンダみたいなおっさんでいいなあ、なんて思ったのだろう。
ただやっぱり、痩せている頃の僕の姿を初期設定として記憶している人から見れば、太った僕のシルエットは異形に写るだろう。グルメレポーターの彦摩呂さんの太り方とか見ると、おいおい大丈夫か?と、僕だって余計な心配をしてしまう。これは僕の乱暴な推測だけれども、彦摩呂さんは、太っている自分のことが嫌いなんじゃないだろうか。本当は痩せたいのに食べてしまう、太ってしまう、ああイヤだ、と思っていると、ストレスはますます増加して、苦しみながら食べつづける、という地獄のループに陥ってしまう。僕にもそういう時期があったし、気持ちがわかる、という人も少なくないはずだ。
けれど、まあすこしくらい太っていたって愛嬌があっていいじゃないの、なんて気楽にかまえられていると、だんだん食事の量も適正に戻って、自然と痩せていくものである。そして何より、メシがなんでもうまくなる。これは心の浮き沈みの激しい僕が何度も経験していることなので、ある程度たしかなことだと思う。
良くも悪くも僕にとって多大な影響を与えてきた親父が他界し、会社やら何やらたくさんの未知なるものを継承し、生活や価値観が一変したせいで、ストレスが急激に襲いかかり、母はいまだ夜もよく眠れず、家人は倒れて入院し、僕は太っていく、というのは、至極当たり前のことじゃないか、とあきらめがつくから、体重が増えても気にならないのだ。
むしろ僕から見れば、人生がしんどいしんどいと嘆いているのに、相も変わらずいつもと同じスタイルや生活をキープしている人のほうが、大丈夫か?なんて思ってしまう。誤解を恐れずに、俺はある程度のストレス食いや酒で痛みを散らすなんてのはむしろ推奨したい。その行為自体に罪悪感を抱くことがなければ、ちゃんといつか終わるから。
とは言え僕だって、かつては自分の体躯を他人にどう見られているのか過剰に気にしていたんだけど、生活や世の事象によって心のありようが変化するように、体重を含めた身体の流れだって諸行無常に変容していけばいいのだ、と気づけたのは、家人のおかげである。
家人は、遺伝性の双極性障害、いわゆる躁鬱病というやつで、それほど激しい症状ではないのだけれど、わりとゆるやかなスパンで躁と鬱を繰り返す。彼女の友人たちからは「そんな風には見えない」という声が聞こえてきそうだが、鬱のときには家から出ないで誰とも会わないのだから、あなたたちが知っている家人は躁のときの分人にすぎない。
何事もない平穏な日常が続いているときであれば支障はないが、たとえば彼女の実父が亡くなった後は数ヶ月ものあいだ食べ物がノドを通らずガリガリに痩せこけてしまったし、鬱から躁に転化するときにはいつまでも食べつづけて太ってしまうことも多く、先日は複合的なストレスにより入院する羽目になったり、ショッキングな事象が生じると、心と体のバランスを崩してしまうのだ。
けれど、長年一緒に生活していると、痩せたり太ったり、楽しくなったり落ちこんだりを繰り返しながら生きる家人は、バランスを崩しているのではなく、むしろ大局的に見れば、そうやってバランスを保って生きているのだということに気がつく。儒教には「中庸」、仏教には「中道」という言葉があり、どちらも「極端に偏らない」ことが大切だ、という教えのようだが、本当に中庸に生きる、というのは、メトロノームのように偏っては戻って、を繰り返しながら真ん中を進んでいくのだ、という話もあり、僕はそちらのほうが深くうなずける。
誰しも、双極性障害、躁鬱病、なんて言葉を聞くと一瞬身構えるだろう。誰よりも長いあいだ、この病気に対して身構え、嘆き、一刻でも早く治癒したい、と涙ながらに願いつづけたのは、他でもない家人本人であることは言うまでもない。けれど彼女も、彼女のパートナーである僕も、今はもう、とても前向きにそれを “あきらめて” いる。双極性障害は完治しない。寛解__症状が軽減・消滅した状態__をキープするだけだ。
一つ屋根の下で暮らす家族としてはしんどいこともある。鬱なのか躁なのかで別人のようになってしまうので、自分が気枯れしているときは、そこに対応するのにえらく苦労することも少なくない。けれど、そんな苦労があったって、僕にとって彼女より大切な人はいないし、僕も彼女にとってそんな人でありたいと願う。
だから、「めぞん一刻」の五代くんが響子さんの亡き夫の墓前で「あなたもひっくるめて響子さんをもらいます」と言ったように、僕も、双極性障害という彼女の個性をひっくるめて、共に前を向いて生きていく、と決めた。そして今は彼女も、病と共に生きようと “あきらめ” て、今日も薬を服用しながら、パンを焼いたり、ワインを飲んだり、猫を撫でたりして笑っている。
“あきらめる” というのは、“受け容れる” ということである。ありのままの自分って、なりたかった理想の自分とは違うけど、けっこうイケてるじゃんって。
誰にだって自分の中に嫌いな部分はある。けれど、平野啓一郎さんが分人主義の中で語るように、嫌いな自分もいるけど、好きな自分もたくさんいるはずだから、好きなほうの自分を足場に生きていけばいい、のである。嫌いな自分、ダサい自分もひっくるめて、俺は俺だ!という究極の悟りが、カンフーパンダ3で描かれてたなそういえば。
あら、中年太りの言い訳を書くだけのつもりだったのに、なんだかおまじめな流れになっちゃったな。僕って根がまじめなんだよな。なにはともあれ、太ったり痩せたり、楽しんだり落ちこんだりしながら、今日も明日も生きていくんでいいんじゃないかな。
くるりのこのMVスゴく良くない?うまいもん食って、いい笑顔で笑ってりゃいいじゃんって。
Comments by 茅ヶ崎の竜さん
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