僕毎日海辺を散歩してるんだけどさ、毎日ちょっと感動してるんだよね。
太陽の位置とか雲のかたちとか、空や海の色とか波の大きさとか、風の強さも匂いも、みんなその日によってちがうし、人や鳥がいたりいなかったり、同じ海は一度もないんだ。
海のある街に越してきてもうじき十年になるけど、やっぱり海はいいもんだよ。とてもいい。
移住したばかりの頃は、ちょうど暑い季節だったこともあってヒマさえあれば海に入ってたよ。
まだ子どもたちも小さかったから、よく一人で海に来てた。
晴れた朝でも仕事終わりの夕方でも、ちょっと時間があれば海パンに履き替えて自転車に飛び乗って出ていって。でも何するわけじゃないんだ。
波があればその崩れゆく波の壁に飛びこんでいって、砂と水に巻かれながらしばらく泳いで、疲れたら砂浜に横になって、身体の半分だけ波を浴びる。ただそれだけ。
寄せる波が顔にかぶらないぎりぎりのところに寝そべってるとさ、ざぶーんていう波の音と水の冷たさが気持ちよくて、海パンには砂がじゃんじゃん入ってきちゃうんだけど、とにかく気持ちいいんだ。
でもだんだんそういうこともしなくなっちゃった。
サーフィンを始めてから、波がない日は海に行かなくなっちゃって、仕事や家のあれこれが忙しくなってくると、サーフィンなんて言ってられなくなっちゃって、そのうち一人で海に入ること自体しなくなった。
どうやら僕らはなんの目的もなく砂浜に寝っ転がっていられるほどヒマじゃないらしいんだ。そんなことばかりしているとしあわせにはなれないらしいんだよ。
だけど今日、あまりにも空と海の色が濃かったから、ひさしぶりに浜辺へ降りてみたよ。
さすがにもう寒いから海には入らなかったけど、ヘッドフォンを外して、波の音を聴きながら、裸足になって、足指を砂に埋めながらゆっくり歩いてみたんだよ。
しばらく歩いていたらさ、いきなり、本当にいきなりだよ、肩と首がぐにゃってなって、倒れそうになったんだ。
つまりね、自分でも気づいていなかったんだけど、僕はずっと首と肩に力が入りっぱなしだったんだよ。
無意識にこころとからだがこわばっていて、また人生とか将来とかそういうのに対してガチガチになっていたらしくてさ、それが唐突に、まるでパチンと指を鳴らして催眠術を解かれたみたいに、ふっと力が抜けたんだ。
思わず笑っちゃったんだけどさ、僕は感動屋だからさ、すぐにおおおってなってさ、すげーなって、海ってやっぱりいいなって。
よく「海を見ると心が洗われる」なんて言うけどさ、そんな簡単にもやもやがなくなったりはしないよね実際。憂鬱なときは海だって憂鬱な色に見えるし、ハッピーなときは空だって明るく見える。
でもさ、きっとしばらくいると違うと思うんだよね。一人で、誰もいない海をぽつんと歩いてさ、ふとふり返ると自分の足跡だけが残ってて、でもそれが今にも波に消されていくようなところを眺めていると、ぐにゃってなることがあるんだよ。こころも体もぐにゃって。
何が言いたいのか自分でもよくわかんないんだけど、たぶん僕らが今生きている世界とか日常とかって、やっぱり自然ではないのかな、なんて思ったりするんだよね。
でもそんなこと言ったってはじまらないからさ、早送りみたいな毎日を、明日を、懸命に生きるんだけどさ、たまにはさ、こう、海じゃなくてもいいんだけどさ、ぐにゃってならないと、死んじゃいそうになるじゃない?そんなことない?
明日土曜日でしょ?ぐにゃっとなったら?たまにはさ。