〈ハヤブサ消防団〉終わっちゃいましたね。

いやあ、おっさんになると涙もろくなるもんで、最終回はポロポロ泣いちゃって。

歳を重ねると涙もろくなる──というのは、それだけたくさんいろんなことを体験、経験して、心から共鳴できるから、なんでしょうね。

最終回は、太郎くん(中村倫也)が、アヤさん(川口春奈)を説得する場面がよかったですね。

──あなたは、特別なんかじゃない。ただの人間です。僕も、彼も、みんな、ただの人間です。

涙ぐみながら熱く語る太郎くんの姿にぐっときました。

心が弱ったり、損なわれたり、壊れてしまうと、なにか特別な(に見える)ものにすがって、頼って、寄りかかってしまうもの。

そんな太郎くんの愛ある説得に対して、それでも、──自分は特別でなければならない、私は救われたのだから!と反発するはーちゃん、じゃなくてアヤさんに、

──だって、ちっとも救われてないじゃないですか!そんなに苦しんでるじゃないですか!

と、太郎くん。あ、ホンマや、はーちゃん、ぜんぜん救われてない、苦しそうだ……。

僕も自身を振りかえってみると、苦しんでいたときって、──自分ではない、特別な何かになろうとしてたっけ。

誰かを見上げ、誰かを見下し、下へ堕ちぬよう、上へ召されるよう、特別な人間になろうとしていたとき。

でも、──あ、僕なんてただの茅ヶ崎のおっさんだ、しーらんぺ、と気づいたときから、敵も味方もなくなって、みーんなが同じだって、ラクちんになった。

たとえそれがカルトでも、違和感があっても、自分もその教義に従えば、特別になれる──人は混乱しているとき、そんな気持ちが救いになっちゃう、というのは、わかるような気がします。

宗教団体のトップ、スギモリが淡々と教団のビジョンや教義を語ってドヤ顔をするんだけど、太郎くんが、絶妙の間で、──それが、カルトです、と静かに説き伏せる場面も秀逸でした。倫也くんカックイー!

どんなに言うてることが素晴らしくても、──教義と目的のためには手段は選ばない、という方向へ進んでしまったら、それはもう狂信ですもんね。

劇中で山本耕史さん演ずる編集者が「教義はなかなか悪くないと思うんです」みたいに言うんです。

宗教に限らず、この高度情報化社会──教えや理屈や方法はそこらじゅうに溢れかえってるし、それら自体はそんなに間違ってない。

ただ、盲信したら、それだけ──になったら、ズブズブズブと……。

マルコムXの「by any means necessary(必要なら、どんな手を使っても)」という言葉が好きだったんだけど、それは、ポジティブな方向に向かえばとても大きな力になるけども、過激にならざる理由はあったにせよ、手段を選ばないほどの大きなパワーは、同じだけの反発の凶弾になって返ってくるんだなあ、なんていまは感じます。

それにしても、毎度笑わせてもらった山本耕史くんの怪演や生瀬勝久さんの揺るぎない存在感、その他、味と地力のある達者な役者さんたちに支えられて、脚本も演出もフィットした、いいエンタメでしたね。ありがとう。

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