コラム/エッセイ

正論を捨てて、幸せになる。__ネット時代だからこそ小説を読む。

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人はなぜ、小説を読むのだろう?

ネット隆盛、出版不況の時代。NETFLIXやYouTubeでいつでもどこでも気軽に映像を楽しめるし、ネットやビジネス書の文章はどれも早くわかりやすく読みやすく簡潔に書かれている。物語も情報も足りている。いや、必要以上に氾濫していると言っていいくらいなのに、なぜこんな、読解の労力と時間を必要とするまどろっこしいものを、ぼくは読みつづけるのか。

平野啓一郎さんは、『小説の読み方』の中で、「小説とは、何なのだろうか?」という問いに、こう説明している。

なにか、世間一般で正しいと信じられていること、常識だと思われていること、エライ人が、立派な言葉で「今という時代はこんな時代です」と抽象的に語ってしまったりすること__そういう諸々に対して、違和感を感じたり、退屈したり、間違っていると考えたりして、もっと具体的で、生き生きとしていて、滑稽で、かなしくて、胸が躍るようで、切なくて、美しくもあり、また馬鹿馬鹿しくもある、感動的な話が人間にはあるはずだと信じること。そんなしゃちほこばった言葉では、到底掬(すく)い取れないような現実が、人間にはあるのだと信じること。それが、小説が求められる理由だろう。__『小説の読み方~感想が語れる着眼点~』平野啓一郎

ネットや新聞や週刊誌やビジネス書やSNSには、たいそうご立派な「正論」ばかりが溢れかえっている。

不倫する女性タレントはゲスだ。シャブをやめられないミュージシャンは人でなしだ。ネットを活用しないと生き残れない。早起きしてランニングして炭水化物を控えろ。悩みがなくならないのは人を見下しているからだ。老人は運転免許証を返すべきだ。公共の場でタバコを吸う奴は馬鹿だ。子どもを殴る親は死ね。

世の中は「正しいこと」と「許せないもの」に充ち満ちて、それが「常識」と「規制」となって、ぼくらの社会は成り立っているけれど、そんな「正論」だけでは、掬い取れない事実が、たしかにある。

極端に言えば、「人殺しを肯定する」ことができるのが、小説をはじめとする表現だけなのだ。殺人者や犯罪者、不道徳をはたらく者の苦悩や生い立ちを生々しく思い描き、彼らの哀しみを慈しむことができるのは、虚構だけが成せる業である。実際の犯罪者を擁護すれば、たちまちのうちに炎上するだろう。

バカリズム脚本のドラマ『黒い十人の女』に「わかっちゃいるけどやめられないから不倫なのよ」という台詞があったが、そういう、決して正しいことではないけれど、人ってそういうこともあるよね、という「許容」が、物語の中では成立する。ベッキーを許せない人も、『黒い十人の女』は楽しんで見る。

言うなれば物語(虚構・表現)とは、ぼくらの「間違いを許してくれる」最後の、そして唯一の砦であり、その中でも小説こそが、人の心の深いところまで沁みいる力を持っているんじゃないだろうか。

正論は、なによりも人を傷つける。正論は、あなたの過ちを許してはくれない。正論は、あなたの弱さを浮き彫りにし、あなたを否定する。

ぼくもかつて、若さ故に大きな過ちを犯したことがある。そのとき、そのことに対して最も腹を立てるべき人が、ぼくにこう言ってくれた。

「君がやったことは、決して褒められたことではない。けれどそれは、決して許されないということでもない。だから、自分の生きたいように生きなさい」と。

ぼくはあの人のように大きな人になりたくて、小説を読みつづけるのかもしれない。

もう一度引用しよう。

具体的で、生き生きとしていて、滑稽で、かなしくて、胸が躍るようで、切なくて、美しくもあり、また馬鹿馬鹿しくもある、感動的な話が人間にはあるはずだと信じること。そんなしゃちほこばった言葉では、到底掬(すく)い取れないような現実が、人間にはあるのだと信じること。

スピードが求められるこの時代、正論だけでは掬い取れないことがますます増えていくだろう。これからの時代こそ、あらためて小説が読まれるべきだと思うんだけどなあ。

 

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