「ソーシャル疲れ」を含め「人疲れ」が、僕の心を蝕んでいた。【鬱日記9】

『僕の心がパンクしちゃった2つの要因【鬱日記8】』のつづき。

前回までは、会社業務のストレスが激増したんだけど、それくらいプライベートで解消すればいいんじゃないのっていう話だった。

僕はブログでもそれなりに結果が出てきていたし、友人やブロガーの仲間たちと遊びに出かけたり、家族は仲がよくて、子どもたちはかわいいし、家内も元気になってきていたので、順風満帆な気がしていたのだ。

そんな僕の心を蝕んでいたのは、コミュニケーション過多、つまり「人疲れ」だった。

以前書いたように、僕の仕事のほとんどは他者とのコミュニケーションだ。事務所内の上司や同僚、取引先の担当者たち、現場の社員と、一日中電話やメールでやり取りをするのが仕事だ。向いている人は容易にこなせてしまう仕事かもしれないが、僕には息つく暇もなかった。

それが終われば定時には家に帰れるのだが、もちろん家には家族がいる。どれだけ愛する家族であっても、へとへとに疲れきっているときには、そっとしてほしいと思うこともある。でもそうはいかない。子どもたちの笑顔を見れば幸せになるが、子どもたちだっていつも笑っているわけじゃない。言うことを聞かないこともあれば、中三の長男はその年齢らしくふてくされていることも多い。どれだけ愛情があろうとも、血が繋がっていようとも、一つ屋根の下にみんなで住むということには、それなりのストレスがつきまとう。

それでも僕の使命は「家族を幸せにする」ことであり、家族の幸せこそが僕の幸せなのだからと、なるべく笑顔で、なるべくいいパパを演じようとする。

わずかばかりの家族との交流を無事に終えたら、書斎に籠もって夜のワークをはじめる。ブログを書いたり勉強したり諸々。

その時間は一見、僕だけの贅沢な孤独の時間のように思えた。けれどそうじゃなかった。まずブログを書くというのは、自分の記事を通して読者とコミュニケートする行為に他ならない。好きなことを好きなように書いていては、誰も読んでくれないから、いつだって僕らは読者を意識して、骨を砕いて文章を書く。

昼休みや夕食後、寝る前のほんのわずかな時間には、息抜きにフェイスブックやツイッターを眺める。今夜も誰かが美味しそうな肉を喰らいながらビールを呑んでいる。メルセデスに乗った先輩と海外に住む友人と社長と作家と美男美女とアーティストとサッカー選手と人気ブロガーが、世界のどこかで笑っている。いいね。いいね。いいね。

まったく___。まったく気づいていなかったのだが、僕の24時間は、つねに誰かとつながっていた。

家で、会社で、ネットで、セミナーで、渋谷の飲み屋で、夢の中で。海沿いの道をランニングしているときでさえ、僕はiPhoneアプリを通して他者とつながっていた。そりゃ、疲れるわけだ。

ただでさえ出不精で、東京より茅ヶ崎の牧歌的な生活を選んだ僕なのに、気がついたらコミュニケーションの渦にすっぽりと巻きこまれていた。昨今取りざたされる「ソーシャル疲れ」を含めた「人疲れ」が、いつの間にか幸せなはずの僕の心を蝕んでいたのだ。

つづく。

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