その朝は突然やってきた。
夏を告げる雨の季節。僕はいつものように庭で家族に手をふり、オートバイで家を出た。会社に着くと、涙があふれてとまらなくなった。
その日から、僕は会社へ行けなくなった。
今思えば、予兆はあったのだ。今思えば、ではあるが。
毎朝つづけていたランニングをしなくなったのは、いつ頃からだったろうか。ランニングログを取るiPhoneアプリを調べれば、正確に何月何日から走らなくなった、という記録を見ることはできるが、今はまだそれをする気にはなれない。
たぶん一ヶ月半前くらいから、僕はおよそ三年間つづけていた朝のランニングをしなくなった。
それを皮切りに、毎晩仕事の後にやっていたブログ執筆やネット作業、読書や勉強、日次や週次のレビュー・スタートといった日常の管理、家の管理や家族との交流など、会社での仕事以外に毎日継続していた習慣が、次々とできなくなった。
夢を繋ぐ朝のブログ執筆だけは、かろうじてやめなかった。何があろうとも、家族との時間を犠牲にしても、ブログだけは毎日書きつづけた。どんなに身体が重くとも、朝の四時にはベッドを出た。やる気があろうとなかろうと、そうするようにプログラミングされたロボットのように、時間がくるとブログを書いた。それが楽しかろうと楽しくなかろうと、ただ淡々と……。
出勤前のシャワーから出ると、家内が「大丈夫?……じゃ、なさそうね」と言った。二ヶ月前に父親を亡くしてから、ほとんど食事が喉を通らなくなった家内は、痩せこけた頬をすこしだけ持ちあげて、弱々しく笑った。
僕は「ちょっと疲れているだけだよ」と答えたけど、そのときはじめて、自分がどうやら大丈夫じゃないらしいということを知った。憔悴しきった彼女にそれを伝えることはできなかったけれど。
オートバイを飛ばして会社へ向かった。気がついたらとめどなく涙があふれていて、初夏の湿った風に煽られて後方へ散っていった。
いつもの交差点、いつもの信号、いつもの送迎バス、いつもの朝の景色、近づいてくる会社の建物、すべてが色褪せて、歪んで見えていた。
会社の待機室(更衣室)に入ると、僕がいちばん信頼している仲のいい先輩がいた。彼とは最近、業務上のいきちがいもあって距離を感じていたし、以前のように深く話をする機会も減っていた。
それでも、バリバリのヤンキー上がりで面倒見のいいその先輩は、最近どうよ?と、話しかけてくれる。
僕はぼそぼそと話しはじめたけど、すぐに嗚咽が混じるようになり、このままでは泣いてしまう、と思って、不自然に会話を切りあげた。事務所へ逃げこんだ。
もうすでに境界線は越えていた。デスクについて、パソコンを開いて、昨日の業務の申し送りを淡々と聞いているが、もう何も耳に入らない。涙はもう氾濫しそうだ。
直属の上司を隣の部屋へ呼んで、話をした。涙が止まらなかった。恥も外聞も捨てて、すべてを打ち明けた。大人になってから、こんなにも泣いたのははじめてだった。
「朝が来るのが、怖いんです……」
自分が何を言っているのかよくわからないまま、ただひたすらに喋った。
ときおり聞こえる近所の工事現場の騒音だけが、脳の奥まで地鳴りみたいに響き渡っていた。つづく。