仕事休んでうつ地獄に行ってきた
◀「ソーシャル疲れ」を含め「人疲れ」が、僕の心を蝕んでいた。【鬱日記9】

『ある朝会社へ行ったら、涙があふれてとまらなくなった。』翌日。とてもじゃないけどオートバイを運転して会社へ行ける状態ではなかったので、泣きながら電話をかけて、しばらく休ませてほしい旨を伝えた。

あいかわらず頭がぼおっとして、何もする気が起きないので、布団の中で丸くなる。現実を忘れたいのだが、どうしても会社のことが気になってしまう。僕がいないと仕事に穴が空く。迷惑がかかる。誰が僕の代わりをしているのだろう。きっとみんな腹を立てているだろう。でももう会社には戻りたくない。いやだ。いやだ。いやだ。

そんな風にマイナス思考の堂々巡りをしているうちに、いたたまれなくなった僕は、書斎から漫画や小説、Kindleを持ってきた。

その日から数日、僕はほとんど食事も取らず、暗い寝室でひたすら虚構に逃げた。物語に入りこむことで、現実を忘れ、心をなだめた。湿った布団の中で、僕は久しぶりに、物語からもたらされるあたたかさに安堵した。

わからないけど、数日というこんな短期間でそれなりに回復できたのは、思いきり虚構の中に身を潜めることができたのも要因のひとつだと思う。どこかにある別の世界。自分が住んでいるここではないどこかで繰り広げられる物語に、僕は元気づけられたのだ。

ということで、ここ数日に僕が逃げこんだ物語を紹介してみたい。

ささくれだった僕の心をいやしてくれた物語

『仕事休んでうつ地獄に行ってきた』丸岡いずみ

虚構に逃げこんだ、と言っているそばから自伝的エッセイで申し訳ないけど、まずはじめに、以前買ったものの読んでいなかった女子アナのうつとの闘病エッセイを読んでみた。

読んですぐに驚いたのが、人気アナ丸岡いずみさんもまた、ハードスケジュールに忙殺されて鬱になってしまった人だったことだ。

彼女の場合、僕や家内とは比較にならないほどの本当にとてつもなく忙しい日常を送っていたわけだけれど、彼女もまた、活力に満ち溢れ、順風満帆に右肩上がりの人生を歩んでいる真っ只中で、心がぽっきりと折れてしまったのだ。

彼女はすぐに上司に直訴して、休暇をもらって実家に帰る。上司や同僚をはじめ、世間やマスコミは自分のことを理解してくれないかもしれない、という不安はもちろんあるが、そんなことは気にしていられないほど追いこまれていたのだ。

あのときの僕にとっても、最大の気がかりは、会社のみんなのことだった。熱を出しているわけでもないのに、会社へ行けないなんて言って、みんなはどう思うだろうか。笑っているかもしれないし、腹を立ているかもしれない。「昔はうつなんて根性で治したもんだ」と言っていた人もいた。誰も僕のことなんか理解してくれないに違いない。

そんな風にしてますます落ちこんでいたのだが、丸岡さんのこのエッセイから、ずいぶんたくさんの勇気をもらうことができた。おかげで僕は恥も捨ててすべてを上司に話して、同じように休暇をもらうことができた。

エッセイ自体は、丸岡さんの半生と、うつ病の発症から回復、その後までを淡々と記してあるだけで、痛々しく、切ない。けれど同じような境遇を経験した人には、勇気をくれる希望の物語だろう。

 『会社を休んでうつ地獄に行ってきた』の、印象に残った言葉たち
  • うつ病で苦しんでいるときは、普段だったら気晴らしや気分転換になることも、もはや苦痛なだけ。エネルギーが枯れきっている状態なのだから、当然ですよね。
  • 「〇〇をしなくてはいけない」という考え方をすべて捨てました。
  • でも、よくよく考えてみると、他人から、「順風満帆な思い通りの人生を歩んでいる人」と、羨望の眼差しで見られていることを、かなり意識していたのですね。
  • 今は、他人から「幸せな人ね」と羨ましがられるより、自分が幸せと感じるほうを向いて歩いています。
  • 医学の父といわれるヒポクラテスは、「自然から遠ざかるほど病気に近づく」という言葉を残しましたが、まさに現代人にもその言葉は当てはまると思います。

この本を読んで、僕はあらためて自分の人生というものを考えさせられた。

僕は何がしたいのか。僕が求める幸せとはなんだろう。僕が欲しかったものって、これだったっけ?

そういうふうに立ち止まれたことは、本当に幸いだと思う。

ちなみに丸岡さんは今は本当に元気になって、最近はバラエティ番組などでもお見かけしますね。プロレスの小橋建太さんのおっかけやってるそうです。

つづく。