コラム/エッセイ

スクリーン・スレイヴァーと猫。

『インクレディブル・ファミリー』というアニメ映画に、スクリーン・スレイヴァーという名の不気味なヴィラン(悪役)が出てくる。

音の響きはスクリーン・セーバーみたいでのんきなんだけど、〈slave〉というのは〈奴隷〉という意味だから、〈スクリーンの奴隷にしてしまう怪人〉〈スクリーンの奴隷商人〉といったところか。

その名の通り、この人はスマホやタブレット、パソコン、テレビなどのスクリーンを見ている人間たちを遠隔コントロールして悪事を働こうとするわけだ。

ヴィランというのは新しい時代の潮流を危惧したキャラクターが多いもので、この場合も「あんまりスマホばっかり触ってると自分を見失っちゃうよ」というような教訓が含まれているんだろうね。

僕なんかはふだん他人に会う機会が少ないので、わりと頻繁に〈スクリーンの奴隷〉になっているんだろうなと思う。

午前中はだいたい書斎でiMacに向かっていて、ソファではiPad、外に出たらiPhoneと(こう書くとアップルの奴隷なんだな)、日常のあらゆる瞬間にスクリーンを眺めている日も少なくないので、もうとっくにスレイヴァーにコントロールされて気づかぬところで悪事を働いているのかもしれない。もし僕に迷惑をかけられたことがあるという人がいたら、それきっと僕の意思じゃないですから。

それはさておき、〈スクリーンの奴隷〉というのはつまるところ、日常を他者に支配されてしまうということだ。

インターネットの広大な情報の海には、自分とまったく関係のない、本来なら関わることのなかったはずのまったくの他人の叫び声までが身近に響いていて、そういう声が届くようになったというのもネットが広げた大きな可能性ではあるのだけれど、スマホのスクリーンの向こう側にある誰かの価値観、誰かが声高に叫んだ言葉、他者の体験、他者の流した涙、他者が大切にしているあれこれにばかり触れていると、僕なんかはだんだん混乱してきてしまう。

それなりのバイタリティと意志があって、飛び込んでくる〈他者の声〉をすんなりと取捨選択できるときはいいけれど、そうでないときは、整理が追いつかないのだろう、気づかぬうちにスクリーンに引きずりこまれそうになる。

僕が特に引きずりこまれそうになるのは、スピードである。

基本的に、インターネットでよく見かける人、躍動している人というのはとてもスピーディだ。スピードがあるからよく見かけるのだ。行動も発信もとても速く、それが効果的な世界なので、そうしないといけないような気がしてきて焦ってしまう。

僕だってブログやネットに文章を書くことで幾ばくかのお金を得て暮らしているので、本来はもっと大量に発信したほうが効果があるのだろうけど、それなりに長い間やってきて、せいぜいタイプの異なる記事を一日二記事も更新できれば成功だろう、というような感じで落ちついている。

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そんなこんなで、一人で長い時間を過ごしていると、いつの間にかスクリーン・スレイヴァーに捕まりそうになるのだけど、そういうときの特効薬がいくつかあって、まずはなんといっても、猫である。猫がいないという人は野良でもいいから、今すぐ探しにいこう。

いくら呼んでもぷいっと横を向いて気ままに寝そべるツンデレ猫に「かまってくれよお」とまとわりついたり、幸運にも遊んでくれそうな気配ならゴロゴロと鳴る咽を礼儀正しく撫でさせていただいたりして、しばらく〈猫の奴隷〉をやると、いつの間にか自分の真ん中に戻っている。

猫ほどのんびりした生き物はいない。スピードの対極に生きている。夜の運動会は騒々しいが、それも皆が寝静まったあとだ。

猫はただそこにいるだけで、僕をスピードダウンしてくれる。まあ、のんびりやれよと。

ハンモックに寝転がったり、丁寧に書かれた紀行文を読んだり、うだるような猛暑日にさらに熱い風呂に浸かったり、アイスクリームを食べたりするのもわりと効用があるけれど、まあ今のところ猫にかなうものはない。スクリーン・スレイヴァーに捕まりそうになったら、僕は猫のしっぽを追いかけることにしている。

それにしても『インクレディブル・ファミリー』のエンディング、70年代のスーパーヒーローものテーマソングっぽいナンバーが抜群にカッコよかったなあ。

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