海外ドラマ『ウォーキング・デッド』が僕らを惹きつける7つの理由

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海外ドラマが苦手だった。

シリーズ物は毎回のクライマックスに次回へと繋げるために視聴者を昂ぶらせる展開を用意しなければならないし、時間が長い分ストーリーが間延びしている印象があったからだ。

だからまさか、こんなにどっぷりと海外ドラマ、しかもゾンビ物にはまるとは思ってもいなかった。

全米で視聴率記録を達成したホラー・サバイバルドラマ『ウォーキング・デッド』だ。

ゾンビドラマ?と失笑されることが多いが、未知の森に宝は隠されているものだ。馬鹿にしないで足を踏み入れてみてほしい。

ということで、『ウォーキング・デッド』が僕らを惹きつける7つの理由。

ややネタバレがあるので、本腰を入れて愉しみたい方は、今すぐhuluへどうぞ。

「良心」と「正論」の葛藤

主人公でありグループのリーダーである保安官リックと、その元同僚で親友のシェーンの対立が、ストーリー中盤までのポイントのひとつだろう。

正義感に溢れた人道主義者リックは危険を顧みず人を助けるが、結果としてグループ全体が大きなリスクを負うことも多い。一方シェーンはより現実的で、グループ全体を救うためには最小の犠牲はやむを得ないという考えなので、リックと衝突することになる。

二人は僕らの「良心」と「正論」の象徴だ。ウォーカー(ゾンビ)がうろつく危険な森を独りでさまよう少女を助けたい気持ちと、少女を見捨ててでも大事な家族を護りたいという相反する気持ちの葛藤が、僕らの心をざわめかせ、わしづかみにしてはなさない。

強烈な感情移入

シリーズ物を成功させる鍵は、軽快な展開を用意することとキャラクターに感情移入させることだ。

『ウォーキング・デッド』の主人公グループには様々な人種と性格を持ったキャラクターが配置されているので、いつの間にか誰かしらに感情移入してしまっている。

狭いグループ内での価値観の対立は、そのまま僕らの現実世界に当てはまるから、引きこまれてしまう。

ケーブルテレビ制作の低予算ドラマなので、有名俳優が出ていないのも感情移入を助長させているかもしれない。

不完全な人間たち

弱者にやさしく強者に屈しない主人公リックは魅力的だが、独善的な行動に走りやすい。

シェーンは適応能力が高く頼りになるが、暴走しやすいので危険だ。ローリは責任感が裏目に出て態度が高慢になりがちで、リックとシェーンの関係を悪化させる。アンドレアは芯の強い女性だが判断を誤るケースが多く、ダリルは男気があって行動力も抜群なのにコミュニケーション能力が低いので誤解されやすい。デールは極限状態で失われそうになる人間性を保つよき長老だが、おせっかいがすぎる。ハーシェルは頑固だしミショーンは心の壁が厚すぎる。

弱点だらけの不完全な人間たちが衝突しながら迷走する様に、僕らは惹きつけられる。

誰も正しくないけれど、誰も間違ってもいない。

すべてのキャラクターは自分の中に在る

グループには多種多様なキャラクターの人物がいて、それぞれがそれぞれの価値観に沿って行動し、衝突しながらも、リックというリーダーのもとで意思統一をしながら生きのびていく。

その様を見ていると、まるでグループ全体が一人の人間のように見えてくる。すべてのキャラクター(性格)を僕もあなたも持っているのだ。

リックの正義感も、シェーンの客観性も、メルルの凶暴性も、デールの人間性も、ローリの母性ですらも、僕の中にある。そういった特性がぶつかり合う様を、人と人の関わりあいとして描いているから、心に迫るものがあるのだろう。

私たちの誰もがすべての人間的特性を持っています。

引用元:世界はバランスでできている!

極限状態で露わになっていく人間の本性

ほとんどの人間が殺されたかウォーカーになってしまった最悪の世界。

そんな極限状態だからこそ、人々の価値観や弱さ、本性が露わになっていく。

まっとうで魅力的な人間が、生死の境では醜い姿をさらすこともあれば、暴力的な危険人物だと思っていた人間が、じつは心のやさしい男だったりと、平穏な世界では見えてこないその人の「本当の姿」が僕らを惹きつける。

極限状態で、弱い人間は判断を誤り、危険を呼び、物語はますますエキサイティングになっていく。

「自分がこの立場にいたらどうするだろうか?」と自らに問いかけながら見ると、より愉しめるかもしれない。

家族の絆

「すべての物語は家族を描いている」と言った作家がいた。

『ウォーキング・デッド』でも、家族の絆と喪失がポイントになっている。

リックとその妻ローリ、一人息子のカール。アンドレアと妹エイミー。キャロルと娘のソフィア。ダリルと兄のメルル。ハーシェル一家。それぞれの家族の絆は極限状態でより強固になるのだが、世界は崩壊していく。

ひとつの街を統治するほどのカリスマ性を持ったガヴァナーも、娘への偏愛に狂わされている。

家族を失ったシェーンやデールが、ローリやアンドレアに惹かれていく姿は痛々しく切ない。

誰もが、家族というものをあらためて考えさせられるはずだ。

緊張と弛緩の絶妙なバランス

いつウォーカーに襲われるかわからないという極限の緊張状態の中、グループはしばしば安全な場所(だいたい安全なのははじめだけだが)に辿り着く。

CDC(アメリカ疾病予防管理センター)やハーシェルの農場、ガヴァナーが統治するウッドベリーの街など、とりあえずウォーカーに襲われる心配が少ない場所で、ようやく人々は安堵のため息を漏らす。

CDCではワインで乾杯して、ハーシェルの家ではひさしぶりに食べ物らしい食べ物を食べ、ウッドベリーではパーティが開催されたりもした。

そういった安らいだシーンは、いつの間にか緊張していた僕らのを心も弛緩させてくれる。この緊張と弛緩の絶妙なバランスが心地良いのだ。

実際に僕と家人は、こういうシーンでようやくソファに深く座りなおし、自分たちがテレビに向かって前のめりになっていたことに気がつく。

おわりに

ゾンビものは「バイオレンス」や「オカルト」といったエンタメ要素がありながらも、「極限状態」「密室空間」という舞台が用意しやすく、人の心の深いところを描きやすいのだろう。

いつウォーカーに襲われるかとハラハラドキドキする一方で、人が生きる上で大切なことについて考えさせられるからこそ、この作品は僕らの心の深いところに傷跡を残す。

人の間と書いて「人間」 。ゾンビだらけの荒廃した世界でも、人は人の間でもがき苦しみ、笑い泣く。このドラマが僕らを惹きつける最大のポイントはやはり人間なのだ。

ちなみに個人的にいちばん印象的だったシーンは、ソフィアが見つかるところ。あそこでは本当にソファから崩れ落ちてしまったもの……。

現在(2013年1月)、huluで提供されているのはシーズン3の第8話まで。続きは2月から全米で放映されるそうなので、楽しみにしよう。

2012年に僕の心をわしづかみにした映画 BEST6☆ #2012movie | KLOCKWORK APPLE