店先で表紙のポップなイラストに惹かれて思わず買ってしまった一冊。
スティーブ・ジョブズと禅宗の僧侶・乙川(知野)弘文老師の交流を描いたアメリカン・コミックだ。
世界的なクリエイティブ集団【JESS3】によって描かれたスタイリッシュなイラストだけでも一読の価値があるが、内容も他の数多のジョブズ伝とは異質でおもしろい。
物語は1985年の9月、カリフォルニア州パロアルトのデニーズで弘文老師がホットファッジサンデーを食べているところから始まる。
店内に流れるテレビニュースが、スティーブ・ジョブズのAppleからの撤退を伝えている。
ジョブズと弘文老師の出会い、二人のやりとり(まさしく禅問答!)、そしてそこから導かれたかのようなAppleの成功の歴史といったものが、時系列を往ったり来たりしながら、じつに淡々とすすんでいく。
そして物語は、意外な結末を迎える……。
ジョブズが若かりし頃から【禅】に傾倒していたのは有名な話だが、実際にどのような修行をおこない、どのような教えを具体的に実生活やAppleに活かしたのかはわかっていない。
そして本作もまた多大な取材の蓄積の上に描かれているとはいえ、ノンフィクションとは言い難い。
二人の実際の会話の記録は残っていないようだし、何より二人はすでに空の上だ(弘文老師は2002年にスイスの山荘で池に落ちた娘を救おうとして溺死している)。
それでも、世界の真理(大衆の心)を見極め、不要なもの(機能)をそぎ落としたシンプルなApple製品の創造の根底に【禅】の影響があるのは間違いないだろう。
しかし傲岸不遜を地でいったジョブズは、【禅】のすべてを理解したのではないという。
ジョブズと老師は三十年以上もの交流を築きながら、最終的に二人の心は交わらないのだ。
本作における弘文老師の最後の言葉はこれだ。
「スティーブ、人生の意義は、完璧な物を作ることにあるのではない。アップルもiMacも君自身にはなりえない。攻撃性を慎み、地に足をつけてアップルを運営することだ」
スティーブ「どうでもいいや」
「テクノロジーで世界を変える」と宣い、それを成したジョブズと、後を継ぐことが決まっていた寺を捨て禅を広めるためにアメリカに渡った弘文老師は、最終的に禅の完全なる師弟とはならなかったけれど、とてもよく似ていると思う。
家族という愛すべき存在を手に入れ、晩年のジョブズは穏やかだったと言うが、弘文老師が生きていたら、彼の最期をどう見届けただろうか。
あるいは今頃、空の上でまた禅問答を繰りかえしているのだろうか。
華々しい成功を収めたジョブズの心に平穏はあったのだろうか。
弘文老師
【関連サイト】
日本語版「ゼン・オブ・スティーブ・ジョブズ」を手にして – Macテクノロジー研究所
【Amazon】