ブリタニー・マーフィーという女優をはじめて見たのは、エミネムの『8 Mile』という映画だった。ギョロリと大きな瞳に派手な出で立ち、野心に充ち満ちた表情は僕の苦手なタイプの女性像だったが、なんとなく印象に残る人だった。
次に彼女を観たのは、YouTubeにアップされていた動画だった。彼女は全身から溢れんばかりの力を振りしぼって熱唱していた。そして僕は同時に、彼女がもうこの世の人ではないことを知った。
まず驚いたのは彼女の歌唱力だ。ハリウッドの人気女優がこれほどの声量と表現力を持っているのか。日本のプロの歌手に彼女ほどパワフルに歌いあげる人が何人いるだろうか。
ときにその大きな瞳を細めて、と思ったら目玉がひっくり返るほどひんむいて、コブシをきかせ、身体をくねらせて、喉を震わせて、マイクに突進する。まさに持てるすべての力を全身から噴出させるがごとく、これを唄い終えたら死んでもかまわないと言わんばかりの熱量をもって、彼女は声をふりしぼる。
僕はこの動画を見るといつだって思うのだ。
生きているというのは、ただそれだけでなんと素晴らしいことか、と。
昨日と同じ今日がおとずれて、愛する人たちが目の前にいるということの、なんと幸せなことか。
ランニングシューズを履いて、好きなだけ走ることができることの、なんと恵まれたことか。
今、自分が持っていないものを手にするために、自分自身の選択で人生を歩むことができるということの、なんと贅沢なことか。
僕はブリタニー・マーフィーのパワフルな表現力にやられてしまっただけなのかもしれない。あるいは若くして亡くなってしまった彼女の運命をどこかで無意識にこじつけているのかもしれない。いずれにせよ僕は、もっともっと精いっぱい、もっともっと力強く、この歌を唄うブリタニーに負けないくらいの情熱を持って生きていかなくちゃな、と殊勝なことを思うのである。
ラーメンガールなんて映画に出てみたり、悪い噂の絶えないきな臭い男と結婚したり、プチ整形で失敗したりと、自分の道を突き進んで世間の目をものともしなかったブリタニーのその強さがまた、僕に力をくれる。
この歌が万人の心に届くかどうかはわからない。だけど人それぞれの、自分だけのこころの歌を持つと、それだけで人生が豊かになる気がする。自分を励ましてくれる歌、慰めてくれる歌、元気をくれる歌、泣かせてくれる歌。
歳を重ねるということは、まんざらでもない。生きてるってただそれだけで。
ブリタニーの安らかな眠りを祈るとともに、あなたに永遠のありがとうを贈りたい。