芥川賞作家・花村萬月は、小説家を志していた頃、古本屋で安い文庫本を買ってきては、手当たり次第に「書き出し」だけをコピーしたという。
優れた小説の書き出しには、その一文で読者を架空の物語の世界にぐいと引きこむ力がある。そんな本の「書き出し」だけを集めた、とても美しいWebサイトを見つけたので紹介したい。
村上春樹の『ノルウェイの森』の書き出しだ。一見何の変哲もない文章なのに、無性に次の行を読みたくなってくる。中年にさしかかった男性の主人公が、ジャンボ旅客機の中で「そのとき」起きた出来事を語ろうとしているという、ただそれだけの、特に目を引く描写もない平凡な一文が、ぐいと心を惹きつける。個人的には、こういう説明の少ない簡素な書き出しが好きだ。
『kakidashi』は、そんな本の書き出しだけをまとめたサイトだ。トップ画面にずらりと並んだ書き出しをクリックすれば、書籍のタイトルが表示されてAmazonの詳細情報に飛ぶことができるので、気になったらそのまま購入することができる。
サイトにもあるように、本の書き出しは作家の命の断片とも言える、渾身の一文だ。映画の予告編が本編よりもおもしろいことがあるように、作品を凝縮した書き出しには魂が籠もっている。
自分の好きな書き出しを投稿できるのも、楽しみのひとつだ。僕が気に入っている書き出しをいくつか紹介したい。
このサイトを眺めていると、世界にはこれほど魅力的な書き出しと、まだ見ぬ無数の物語が存在することに心が躍りだしてくる。
レビューや解説を参考にするのもいいが、作家が魂をこめた渾身の「書き出し」から本を選ぶのは、きっとあなたにいつもと違う喜びをくれるだろう。