あのね、あえて静かに言いたいんだけどね、この映画はヤバイ。マジハンパねー。ホントにスゴイ。スゴすぎて胃が痛くなったよ。
うまく書けそうにないから飲み屋で友だちに話すように書いちゃうけどさ、あのー、ホントスゴイです。こんな映画観たことない。
ひさしぶりに僕の個人的な「すばらしい映画ランキングNO.1」塗り替えです。圧倒的1位です。生きててよかった。
オープニングからぐいっぐい引きこまれる
スゴイところがたくさんありすぎてまだ頭の中でまとまっていないんだけど、まずクソみたいにスタイリッシュなオープニングに度肝を抜かれます。
音楽も映像もタイトルも超クールで、最初のシーンから「あ、この映画ヤバいわ……」と一瞬で引きこまれる。
で、どういう映画なのかって言うと、ファンタジーでありブラックコメディでありシリアスドラマでありながら感動もするハートウォーミングでアーティスティックでスタイリッシュな映像の作品。「は?」って思うよねわかります。
でもしょうがないじゃん。ホントにそうなんだから。ホントにあらゆる要素が詰まってるんだけど、それが互いに邪魔せず、圧倒的に成立しちゃってる。
たとえばチャップリンだと「1.ずっと笑わせておいて、2.社会風刺があって、3.最後にほろりとさせる」って3つの要素だけど、バードマンはそれがアホみたいにたくさんあるの。
『インターステラー』もとてつもない作品だけど、ノーランはちょっと「詰めこみすぎ感」が残っちゃうんですよね僕は。『ダークナイト』はともかく。
かつて世界中で大ヒットしたヒーロー映画『バードマン』で主役を演じてスターになったいわゆる一発屋俳優(マイケル・キートン)が、歳とって落ちぶれて、ブロードウェイの舞台に立って再起をかけるんだけど、演技力もない元ハリウッドスターが芝居の本場ブロードウェイでそう簡単にいくわけはなくて、山あり谷ありまた谷ありみたいな、どこにでも転がっていそうな物語。
笑えるのが、実際にティム・バートンの『バットマン』以降ちっとも目立たないマイケル・キートンを主役に立てて、タイトルが『バードマン』てブラックすぎるんだけど、でもそんなことどうでもいいくらいに作品自体がすばらしい。
エドワード・ノートンが『インクレディブル・ハルク』に出てて、エマ・ストーンが『アメイジング・スパイダーマン』に出てて、主要キャラがみんなアメコミヒーロー映画に関わってるんだけど、まあそんなことも小さく感じられるくらいに、映画自体がスゴいわ。ジョージ・クルーニーの話は笑ったけど。
3DじゃないのにIMAX 3D以上の臨場感
なんかね、胃が痛くなるんですよ。最高におもしろいからいつまでも観ていたいんだけど、主人公のいたたまれなさが腹にズドンと伝わってきて、息苦しくなって、劇場を出たくなるの。
これ後で思い出したんだけど、『ゼロ・グラビティ』の呼吸が止まるほどのオープニングシーンと同じ感覚です。
あまりにリアルな臨場感で、本当に映画の中にいるような錯覚に陥るんだけど、でもバードマンは3DでもなければIMAXでもないわけです。
そんな芸当ができる理由はいくつかあるんだけど、まずワンカットのような超ロングショット。この映画は始めから終わりまで2時間ぶっ通しでワンカットなんです。
もちろん本当にワンカットで撮影してるわけじゃなくてうまく繋いでるだけなんだけど、そこが絶妙なので、実際に登場人物たちと同じ時間をすごしているような感覚に陥るわけ。4日間くらいの物語を、自分も同じように生きている。これまずスゴい。100年後には映画史のテストに出ます絶対。
次に舞台の狭さと超近距離のカメラワーク。シーンのほとんどが、ブロードウェイの劇場とその舞台裏だから、とにかく狭いんです。行ったことある人ならわかるけど、ブロードウェイったってひとつひとつの劇場はそんなに大きくない。舞台裏なんて人ひとりすれ違うのがやっとくらいの狭い通路で、楽屋も汚いアパートメントみたい。だから必然的に、カメラが役者に接近したシーンが多いし、ちょっとした密室効果で臨場感が増幅されてるんでしょう。
自分もスタッフのひとりになってそこにいるようにリアルだから、緊張感がビンビン伝わってくる。ていうか、自分も物語に携わっている錯覚から、自分もホントに緊張する。エマ・ストーン僕の娘じゃん!て。
ちなみに撮影監督は、『ゼロ・グラビティ』と同じエマニュエル・ルベツキっていう人で、バードマンとゼログラ両方でアカデミー撮影賞もらってます。この臨場感のスゴさは、この人のおかげでしょう。天才だわ。
『ゼロ・グラビティ』観たときは、IMAX 3Dは映画の革命的で正統な進化だと思ったけど、それと同等かそれ以上の「胃が痛くなるような臨場感」を、今度は3Dなしで見せちゃうんだから、ルベツキヤバイっす。
でも、もしかしたら若い人にはこの痛みはわからないかもしれない。僕がおっさんだから、身につまされるから胸が締めつけられるのかも。
俳優陣の演技力が引き上げられてる
そういう臨場感のせいもあるかもしれないけど、出演してる俳優陣の演技がみんなすばらしいんですよね。
主演のキートンはもちろんのこと、エドワード・ノートンはいつも通りだから驚かなかったけど、エマ・ストーンもすごくよかった。
『アメイジング・スパイダーマン』のときは、お目々クリクリでカワイイこの子!って思ったエマだけど、バードマンではあんまり魅力的じゃなかった。歳相応に頭悪そうで、センシティブなガラスの十代のガキって感じで。
でも観客にそう思わせたってことは、エマの勝ちだよね。スパイダーマンのカワイイだけの恋人役から脱皮してんだから。
ともかく、キートンもノートンもエマも他の役者陣もいつもより高い演技を見せていたと思うんだけど、誰ひとりアカデミー賞取ってないってどういうこと?(3人ともノミネートはされてる)
てことは受賞者はよっぽどスゲえんだろうな!と、挑戦的に受賞作品を全部観てやることにします。
- 主演男優賞 / エディ・レッドメイン『博士と彼女のセオリー』
- 主演女優賞 / ジュリアン・ムーア『アリスのままで』
- 助演男優賞 / J・K・シモンズ『セッション』
- 助演女優賞 / パトリシア・アークエット『6才のボクが、大人になるまで。』
青臭いベタなテーマが、巧妙に、でもしたたかに伝わる
いろいろ書いたけど、誤解してほしくないのは、決して難解な映画ではないということです。
圧倒されっぱなしだけど、ちゃんとおもしろくて、エキサイティングで、感動もしてしまうの。
テーマはよくある話、おっさんの再生の物語。
「人はいつだってやり直せる!」
「死ぬ気でやれよ、死なないから!」
「あきらめたらそこで試合終了ですよ!」
そういう青臭くてベタなメッセージが、感動と共に心に残る。
映画に限らず表現というのは、見る者を楽しませるのが大前提で、だからこそテーマが広く伝わるわけだけど、そういう意味でも大成功してる。
「メッチャおもろい!笑える!胃が痛い!でも、あきらめたら試合終了じゃんよー!」
ってほろりとなる。
存在しないおっさんになってませんか?
四十代以上でちゃんと想像力がある人には、身につまされる映画でもありますよ。
お目々クリクリのかわいいエマちゃん(娘)に
「ブログもTwitterもFacebookもやらないパパなんて、存在してないのと同じよ!」
とか言われちゃうんだけど、間違ってはないんだよな。
僕だって、いくらネットをバリバリ活用してても、気づかないうちにだんだん頭が固くなってきてる。いつまでも若い若いと思ってたけど、最近それはいろんな場面で痛感します。こころもからだも、可動域が狭くなってる。
主人公は自分のことばかり考えて生きてきた。
過去の栄光を引きずって、新しい世界の在り方を認めない。
ネットなんてなくたって生きていける。
でも愛されたいと切に願う。
昔のやり方では通用しないのに、それでも愛されたい。
自分より若く、自分より才能豊かで、自分より認められている男(ノートン)が、コンプレックスを増幅させる。
いつの間にか自分の味方がいなくなっていく。
こんな世界に生きている意味があるのか?
これ以上は書きませんが、圧倒的な演出にやられるけど、ちゃんと心を打ってくれる。バシーン!と、けっこう強く。
最後に娘は、空に何を見たんだろうね?
終わりに
最近あんまり劇場で映画観なくなったんですよね。
中高生の頃は月に10本以上とか観てたけど、今はhuluとかiTunesとかで家で観られるし、旧作観ると安心するから。
でもね、この映画観て、もっと新作をバンバン観にいかなきゃだなって強く思いましたよ。思春期に熱くなった映画を何度も観て、安心という名の停滞に身をゆだねてる場合じゃない。
映画だって確実に進化してる。正直この映画観たら、今までの映画がかすんで見えました。
古き良きクラシックを否定するつもりはないけど、新しきものは、こんなおっさんをもワクワクさせてくれる。未知の作品が、僕を14歳に戻してくれる。
バードマンは革命じゃない。でも確実に、映画という表現は次のレベルに上がりました。
あと音楽とドラム超いいよ。映画館で観ないと損するぜ。
▼ラストシーンについて考察した超ネタバレはこちら