この前、昨日の残りの野菜炒めをごはんにのっけてかきこんでるときに不意に気づいちゃったんです。
「あ、オレけっこう願ったとおりの人生歩んでるわ」って。
自分じゃあまだまだ何も成しえていない、オレの本当の人生はこれからだ〜って思ってたんだけど、よくよく考えたら、自分で望んだ感じに生きてるじゃん、ていう。
別にオレがパッカーン(心の鎖を解き放って自由になること)したからとかじゃなくて、パッカーン以前から、もうとっくに叶ってたんです。
いつの間にか叶っていたオレの望み
海の近くに住みたかった ⇒ 海から数分のところに住んでる!
子どもの頃海水浴に行くと、海辺で自転車に乗ってる地元の子にすごく憧れてたんです。
オレも「海水浴に来る側」じゃなくて「海と一緒に生きてる側」に行きたいなあってずっと思ってた。
そしたら十年くらい前に仕事もすべて捨てて茅ヶ崎に移住してましたね。
今の家は手狭だからすぐにでも引っ越したいんだけど、「海近」という譲れない条件があってなかなかいいところが見つからない(笑)。
にぎやかな大家族がほしかった ⇒ 5人家族で毎日うるさいくらい!
一人っ子で親戚の家にあずけられたりしてたんで、にぎやかな家庭にすんげー憧れてたんです。
子どもの頃の実家の記憶って、いつもひとりぼっちだったから。
計画したわけじゃないけど、気づいたら3人もの子宝に恵まれて、毎日うるさいうるさい!
物書きとして生きていく ⇒ ブロガー・ライターとして生きてる!
これ気づいてマジビビった!野菜炒め口から出てきた(笑)。
子どもの頃はマンガ家になりたくて、その後は映画監督とかミュージシャンとかとにかく「表現」する仕事がしたいと思ってて、大学生の頃「文章を書いて生きていきたい」と思い至ったんだけど、気づいたら毎日文章書いて生きてるわオレ!
ブログの他に映画メディアでコラムも書けるようになったし、書籍出版の方向性も具体的に見えてきてる。
猫か犬を飼う ⇒ 娘が猫を拾ってきた!
実家で猫ちゃん飼ってたこともあって、いずれは犬か猫を飼いたいなあと思ってたんだけど、今の家は5人家族でいっぱいだから諦めてたのね。
でも長女が捨て猫を拾ってきちゃったから、しょうがなく飼いはじめたのよ。
でもそれって、望んでたことが叶っただけじゃんね!
もうひとつの「デカイ犬を飼って海を走る」という願いも、そろそろ勝手に叶うのかな?
オートバイで一人旅をしたかった ⇒ 北海道一周した!
これはもう中学生くらいの頃からの長年の夢だった!
いつかカックイーオートバイに乗って1人で野宿旅したいなあって思ってたら、一昨年の夏にちゃんと鬱になって、自分を見つめるために旅に出て、昨年は北海道一周までしちゃった。
なんだよ、鬱になって会社を辞めたのも夢を叶えるためだったのかよ!
↓ その一人旅から生まれた映画コラム
ちゃーんとうまくいってるって思えたら、これからはもっとうまくいく!
他にも、大好きなApple製品に囲まれた生活とか、午前中だけ働いて午後はジム行ったり映画見たりという生活だってそう。
これたぶん、オレだけじゃないと思うんですよ。
みんな多かれ少なかれ、望んだ人生を生きてるの。
「私は望んだ人生を生きていない!」っていう人がたくさん僕のところに相談に来るけど、じつはその「自分が望んでいない今の生活」も、その人が望んだものなんだよね。
もちろん「生活保護を受けている」とか「夫婦の中が最悪」とかいうのは望んだわけじゃないだろうけど、それも他の望みが叶ったことの結果のひとつにすぎない。
というのは、自分が「本当に望んでいる」ことって、無意識なのよ。
だってオレ、上に書いた叶った夢のどれも、紙に書き出したり考えたりしてないもん。
心の奥底で知らないうちに願っていて、叶ってからそれが夢だと気づいた、感じ。
だからこれからも、ただ淡々と好きなことをやって、がんばるところがんばって、迷って、ふらふら不安定を楽しみながら生きていけば、ちゃーんとうまくいくんだって思える。
「夢を叶える」って考えると、つい力んで未来のことばかりに思いを馳せてしまうけれど、一度自分の来た道を振り返ってみるのもいいかもしれないよ。
もういっこ付け加えるとね、夢って「叶える」もんじゃなくて、「叶えてもらう」もんかもしれないね。
心配すんな、大丈夫だ。