一回死んでこい!人生を変えるというのは今までの自分を捨てるということかもしれない。

「一回死んでこい!」ってセリフ、じつはすんごい深いんだなあって最近思いました。

うちのママちゃんは重度の双極性障害で一回死んでるんです。

何年も入院して、自らの心と体を傷つけて、血を見て、家族の苦しみを見て、絶望の淵を除いて、「あ、もうムリだわ」って思った。

この「もう、ムリだわ」が死ぬってことです。絶望です。

正確に言うと

「今までの自分のやり方じゃムリだわ。自分なんて無力でちっぽけだわ。余計なプライドでがんばってきたけど、一人じゃなんもできないわ。みんなを頼ろう。恥を捨てよう。人間の力じゃどーしようもないことだらけだわ。あきらめよう

っていうのが、死ぬ=自分を殺すってこと。「それまでの自分をあきらめる」ってことです。

水木しげるさんとか赤塚不二夫さんとか戦争を体験した漫画家がどこか悟りの境地にいるのは、「自分ごときでは何もできない」という絶望的な無力感を肌で味わったからこそなんでしょう。

親の呪い(刷り込み)とかいじめとかも、心の中で「殺す」ことで解放されるんです。

いじめられていた子が、心の中でいじめっ子を「殺した」ら、気持ちが楽になっていじめられなくなった、という山田詠美さんの素晴らしい小説でも証明されています。

もうダメだあ、会社は倒産するし、莫大な借金があるし、迷惑かけた人たちには嫌われるし、もう死ぬしかない。
つらいなあ。
死ぬしかないなあ。
死んだら誰かが何とかしてくれるよなあ。
ん?
ってことは、誰かが何とかできることなんだなあ。
あれ?
ってことは、何とかなることなんだなあ。
おや?
しんどいかもしれないけど、何とかなるんじゃないの?

これからしんどいことになるって想像するとコワいけど、しんどいことになるってわかってたら、腹に力を入れていればいいんじゃないの?

いきなりパンチもらうと悶絶するけど、来るってわかってるパンチなら耐えられるんじゃない?

その「パンチに耐えるために腹に力を入れる」ことを、「覚悟」と呼びます。

絶望、どん底までいくと、ダイジョーブに気づくんですね。

心屋さんが言っておりました。

「人類史上、何とかならなかったことはひとつもない」

自分が何とかしようとしなくても、なんとか「なる」んですね。「オレならできる!」という決意は強力だけど、「みんなを頼れるオレならできる!」が最強じゃないでしょうか。じゃーねー!

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▲ どーにもならないことはどーにもならないニャー( ̄▽ ̄)