映画

ぼくらはいつも古き良き時代を求めるのだとしたら___『ミッドナイト・イン・パリ』

(だいぶ前に書いた記事なんだけども……)

先日、ヒットなんて言葉とっくに引き出しの奥にしまって毎年ひっそりと映画を撮りつづけているウディ・アレンがようやく世界的ヒットを飛ばした『ミッドナイト・イン・パリ』を観ました。

2011年の作品ですね。ぼくのなかにちょうど『君の名は。』が大ヒットした直後の偏見が巣くっていて、アレンの皮肉や毒やユーモアが薄まっているんじゃないかと疑ってたんだけど、アレンらしさも大衆性もまさに「ちょうどいい」感じに仕上がっていて、ヨーロッパや海外文学に興味がある人なら、ウハウハ楽しい作品でした。

アレンは一年に一本映画を撮ることにしているらしくて、マジかと疑いながら今ウィキペディア覗いたら、なんとぼくが生まれる10年も前、1965年から本当にほぼ毎年!脚本・監督で映画つくってるんですねこの人すんげー。

こういう人本当に大事ですよ。映画ってスターウォーズとかアニメだけじゃないんだって思い出させてくれます。

そういえば西川美和監督も、単館系劇場が次々に閉館してシネコンばかりになっちゃって、「どんな映画を作りたいか」よりも「どんな映画が市場の性格に合うのか」を考えざるを得ないって嘆いておられましたけども、興行収入の波をものともせず、五〇年ものあいだ毎年映画撮ってきたアレンじいさんハンパないです。アメリカだからってのもあるでしょうけど。

主人公ギル(オーウェン・ウィルソン)は、ハリウッドの売れっ子脚本家でありながら、本当は文学をやりたい小説家志望の青年。若かりし頃のアレン本人の投影ですかね。

古今東西芸術家が集まる美しい都パリに住んで、昼のパリの喧騒、夜のパリの灯り、雨のパリの情緒を愛しながら小説を書いて暮らしたいと願う彼に対して、婚約者のイネス(レイチェル・マクアダムス)は「なんでいちいち雨なの?濡れるだけじゃない」と現実的でちっとも話を聞いてくれない。

冒頭の印象的なメロディと、これでもかと連なるパリの美しい一日の情景を眺めているだけで、こんなおとぎ話みたいな街にずっと人が住みつづけてるんだなあとうっとりします。「パリは雨が一番ステキなの」はぼくもそう思う。ロンドンの灰色の空から落ちる陰鬱な雨とは何かが違う。

酔っぱらったギルが夜中の十二時すぎにパリの街を徘徊していると、一台のオールドカーが通りかかって、見るからに芸術家っぽい、けれどやけにアンティークな服装のパーリーピーポーに誘われるまま車に乗ると、彼は憧れの1920年代へタイプリープする、というお話。

パリを舞台にしたシニカルな恋愛ドタバタだと思って観ていると、唐突にはじまるSFな展開にちょっとびっくりするけど、このオペラ的というか箱庭舞台的な流れこそがアレンの真骨頂であり、ここからがおもしろいところ!(唐突な展開と言えば『フロム・ダスク・ティル・ドーン』を越えるものはないけどね)

1920年代のパリには名だたる芸術家が集っており、フィッツジェラルド、ジャン・コクトー、ヘミングウェイといった作家から、ピカソ、ダリなんかの画家まで、伝説の人物と会って大興奮のギルは、やがてピカソの愛人アドリアナと恋に落ちる。実在した芸術家の人物像を、アレンがシニカルにこしらえてるのが楽しい。ダリもヘミングウェイも、まあみんなぶっ飛んでますわね笑。

アレンの映画だからこのまま一筋縄ではいかんだろうと思っていたらやっぱり奥の手があって、ギルとアドリアナは1920年代からアドリアナが憧れる1890年代のベルエポック時代にさらにタイムリープ。そこにはロートレックとかゴーギャンとかドガとか、ピカソが憧れていた画家たちの姿も。

奔放なアドリアナは「パリが一番美しく輝いていたこの時代に残りたい」なんて言い出します。ギルが、ヘミングウェイやピカソがいる1920年代の方がいいじゃないかと言っても、彼女は「あんな20年代が黄金時代なの?」と笑う。

さらにその1890年代に生きるゴーギャンたちは「いかに今の時代が空虚で想像力に欠けているか。ルネサンス期に生まれたかった」と自分たちの現代を嘆き、過去に憧れる。

ルネサンス期のミケランジェロもまた、13世紀に憧れていたのかもしれない。つまりいつの時代も、人は現在を嘆き、過ぎ去りし黄金時代を追い求めてしまうのですね。

ぼくも昭和初期の小説とか時代劇なんかを読んでいると、暮らしがのどかでゆっくりしていていいなあ、なんて思うことがあるけど、実際にあの時代に生きていたらそりゃあいろいろ大変なんだろうなとも思う。ギルが言うように「歯医者に麻酔もない」だろうし、食べるものも貧しそうだし、インターネットだってiPhoneだってない。町民に生まれてお侍さまに切り捨て御免なんて斬られちゃったらたまんないし。

そうやってぼくらはいつも古き良き時代を求めるのだとしたら、未来から見た今日という日も、古き良き時代なのかもしれないよ。

見るのと暮らすのとでは、ぜんぜん別の話なんだよね。

観光として訪れるのと、そこに住むのとでは大きく違う、という意味では、時代だけでなく場所もそうだ。けっきょくギルは婚約者と別れてパリに住むことを決意し、美しいパリ娘と素敵なパリの雨の夜を歩きだして物語は終わるけど、びしょ濡れになりながら歩く彼らの後ろ姿を眺めていると、これはハッピーエンドじゃないのかもしれないなと疑いたくなってくる。

憧れてたまに訪れるぶんには良かったが、いざ住んでみれば、イネスが言ったようにパリの雨も「ただ濡れるだけじゃない」という日常に堕落してしまうのかもしれない。あるいはパリという街は、それをも凌駕するほどの魅力に満ちた街なのか。いずれにせよ、アレンが心のうちでうひひひと笑っている顔が浮かんでくる。

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