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それにしてもまず感じたのは、子どもを持っている人とそうでない人では、映画の序盤からして感じる熱量が違うだろう、ということだ。

狼男と結ばれたものの夫に先立たれた花は、女手ひとつで二人の幼子を懸命に育てようとする。ただでさえ大変な母子家庭なのに、狼男と人間のハーフ(おおかみこども)である雨と雪との都会での生活は、苦労の連続だった。

育児と仕事の合間に勉強をしたり、家事をやりながら居眠りをしたり、健気に踏ん張る母親の姿は、それを実際に経験したお母さんや、そばにいたお父さんにこそ強く響くだろう。つまりもう平凡な育児の苦労を描く序盤のシーンから僕の涙腺はゆるみまくっていたということだ。

一念発起した花は、都会での生活を捨てて、畑と山に囲まれた深い田舎の村へ移住する。住みついたのはお化け屋敷のような古くて大きな日本家屋。トトロのさつきたちの家のようでもあるし、『サマーウォーズ』の陣内家のお屋敷のようでもある。細田監督の奥様のご実家が古くて立派な日本家屋であり、それが監督の原風景と重なっているとか聞いたことがある。

都会では近所の人たちとの摩擦に苦労していた花たちも、隣家が数キロ先にあるような田舎では、のびのびと暮らしはじめる。仕事や学校がある街までは車かバスで二時間はかかるものの、大きな家と庭、限りなく広がる大自然の中で、雨と雪ものびやかに成長していく。

自給自足に近い田舎生活への憧れは、僕も以前から持っていた。真剣に移住を検討したことはなかったのだけれど、細田監督の描く田舎生活に、またふつふつと気持ちが沸きあがっていく。

田舎生活にはそれなりのリスクやデメリットもあるけれど、我が家の価値観には合っているような気が、最近特にする。田舎だと友人たちに会う機会が減ってしまうかもしれないけど、僕ら夫婦はけっこう引きこもっていても大丈夫だし、引き換えに素晴らしい自然の中で生活できるのだから、とも思うのだが、これこそ実際に生活してみないとわからないだろうね。南の島には台風が来るように、世界はバランスでできている。正解はないのだから、自分たちにとっていちばん大切なものを見極めて選択していくのだ。

僕は海が好きで茅ヶ崎に移住してきたけど、細田監督の大きな家と山間の風景を眺めていると、海にこだわる必要もないのかな、なんて思えた。

いずれにせよ、パソコンとネットさえあれば仕事ができる環境に、やはり憧れてしまうわけだ。

ところで作品のほうだけど、細田監督の代表作『サマーウォーズ』と同様に、おおかみこどもという「ファンタジー」と、日本の古き良き田舎という「ノスタルジー」に、厳しく「リアル」な生活と美しい風景が加わって、細田監督らしい調和が取れている。

ただ『サマーウォーズ』と比べると、どうしてもアクションや恋心やエンタメ要素が少ないので、地味な印象を受ける。というより、監督が意図してそういう静かな作品に仕上げたのだろう。

僕らは、何を求めて生きているんだろうか。僕らの幸せって何なのだろうか。そんなことを考えてしまった。

パンチの効いた爽快エンタテイメント映画ではないけれど、久しぶりに母親の味噌汁を飲んだような、ほっとする素敵な映画でした。ぜひ。

【言の葉】「いちばんいけないのはおなかがすいていることと、独りでいることだから」栄おばあちゃん(サマーウォーズ) | CLOCK LIFE