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これSNSでもシェアしたんだけど、とてもわかりやすかったのであらためてブログでも紹介しますね。

「チェコ好きの日記」のこのエントリーから。

精神的な余裕がないときにする「何か」。 – チェコ好きの日記

チェコ好きさんは、毎日自然に、呼吸をするように「読書や芸術鑑賞」をするそうです。嬉しいことがあったときも、嫌なことがあったときも、落ち込んだときも、精神的余裕があろうとなかろうと、ごはんを食べたり掃除したり、歯を磨いたりお風呂に入ったりするのと同じように、本を読んだり旅行のことを考えたり映画を観たり美術館に行ったりするのだと。まさしく、病めるときも健やかなるときも(エントリーより引用)。

これが本当の「好きなこと」「夢中になれること」ですよね。

僕も今準備中のWEBマガジンの乗組員に「役に立たなくてもいいから、人生で一番時間を費やしたことをオレにください!」って言ってるんだけど(図々しいなw)、「好きなこと」とか「夢中になれること」って、いつもワクワクするキラキラ眩しいものばかりじゃないんですよね。

「好きなこと」とか「夢中になれること」っていうと、前に向かってキラキラしていて、爽やかな汗がほとばしっているような眩い像を思い浮かべてしまいますが、そのイメージでいくとたぶん途中で挫折する気がするんですよね。本当の「好きなこと」とか「夢中になれること」というのは、四六時中一緒にいても大丈夫なヤツ、嬉しいときも楽しいときも、腹立ったときも落ち込んだときもやってやれるヤツ。そっちのイメージで考えたほうが、精神的負担が少ない気がします。だから、「好きなこと」とか「夢中になれること」とかっていう紛らわしい言い方はやめて、「無意識に何も考えずにやれること」とか「空気みたいな存在」とか「10年くらい尻にしいてたらペタンコになっていた座布団」とか、もっとそういう雑で粗末な名称で呼ぶべきなのではないかと思ったりもします。___『精神的な余裕がないときにする「何か」。』|チェコ好きの日記

僕も以前、自分の「好きなこと」「夢中になれること」ってなんだろう?っていろいろ考えたんですが、その時出てきたのは「バイク野宿独り旅」とか「BBQパーティ」とかのアウトドアイベントだったり、「映画コラムを書く」とかで、それって全部根っこには「自分が活躍している」っていう前提があった気がするんです。好きとか夢中を、自分がいかに輝いていられるかに置き換えてしまっていた。

でも本当にじっくりと考えて過去の自分を思い返してみたら、僕が本当に「好きなこと」「夢中になれること」=「無意識に何も考えずにやれる空気みたいな存在」って「書く」ことだったんです。

モラトリアムを引きずっていた大学生の頃も、料理人をやっていた頃も、毎日夜中にヘトヘトで帰ってきても、いつどこにいても、ブログや小説や身辺雑記を書いていました。最高に嬉しいことがあっても、とてつもなくつらいことがあっても、全てをどこかに書いていたんです。僕の40年間の人生のなかで「役に立たなくても、人生で一番時間を費やしたこと」って、「書く」ことだったんです。

ただかつての僕はあまりにも自己肯定感が低くて「ありのままの自分には価値がない」という強烈なビリーフを抱えていたので、一番大好きな「書く」ことですら、好きなように書けなくなってしまいました。小説家になるとかブログで稼ぐとか、お金とか責任がかぶさってきて、好きなことを好きなように書けなくなったら、そもそもの「書く」ということすら楽しくなくなっちゃった。それである日心がぶっ壊れてパッカーンできたわけですが。「あ、オレ何書いてもいいんだ〜死なねえや〜」って。

「好きなこと」とか「夢中になれること」って、地味で質素でひとつも眩しくない、それこそ「10年くらい尻にしいてたらペタンコになっていた座布団」みたいなものなんでしょう。そもそもそれが上手である必要すらなくて、そのペタンコな座布団でお金を稼いだり自分を良く見せようとしたりするから、おかしなことになるんです。

マンガ『バガボンド』の中で、剣豪・伊藤一刀斎が「剣に生きると決めたなら、正しいかどうかなどどうだっていい。感じるべきは、楽しいかどうかだ」と言います。武蔵はそれを聞いて初めて、自分が「剣を楽しんでいた」ことに気づきます。子どもの頃からヒマさえあれば剣を振ってばかりで、100人近くを斬って天下無双などと呼ばれたりしてるのにも関わらず、自分じゃ夢中になってたって気づいていなかったのかよ武蔵!!!

そう、自分では自分の尻にしいている座布団は見えないですからね、なかなか気づかないものなんですね。だって「無意識に何も考えずにやってる」んだし、「空気みたいな存在」なんですもの。

でもそんなペタンコでじめじめした座布団を大切にしていたら、そのうちそれがワクワクする新しい世界に連れて行ってくれる魔法の絨毯になっているかもしれませんよ。

いやーそれにしても人生を決めてるのはホントだいたい無意識やねー!