映画

大切な人との思い出がはじまる言葉『君の名は。』

人は死ぬときに、自らの人生の様々なシーンが次々に脳裏に流れては消えていく記憶の情景を見るという。新海誠監督作品の真骨頂ともいえる、現実と夢の間を描いたかのような映像美は、まさにそんな死に際の走馬灯を思わせる。

『君の名は。』以前の新海の代表作と言える『秒速5センチメートル』のクライマックスでも、主人公たちの人生の記憶の断片が、山崎まさよしの切ないバラードにのって美しく流れていった。僕はまだ死んだことがないので走馬灯を見たことはないけれど、そこで見るであろう過ぎ去りし記憶の風景は、きっと実写でも絵画でもなく、ちょうど新海誠の映像みたいな現実とあの世を繋ぐアニメーションなんじゃないかな、とちょっと思う。

この作品を見るちょうど一ヶ月ほど前に、何の前触れもなく父が亡くなった。まるで隕石の半分が唐突に分離して墜落するかのように、父はあっけなく逝ってしまった。大切な人を失うのは哀しいが、大切な人の記憶を失うのはもっと哀しい。お互いの名前を忘れてしまう主人公の二人を思うと、いつまでも父の記憶をこの胸にとどめておける僕は幸せなのかもしれないと思った。

君の名は 01

代々続く飛騨の山奥の寺に育った女子高生・三葉(みつは)は、ある日突然、都心に住む男子高校生・瀧(たき)と、その身体と精神が入れ替わってしまう。カフェもない田舎に暮らす三葉は、憧れの東京の生活を満喫し、最初は嫌がっていた瀧も、飛騨の雄大な自然に心を引かれていくのだが、そのあまりにも違う環境に戸惑いを隠せない。

ちょうど僕も父が亡くなったことで、茅ヶ崎の自宅と都心の実家を往来する生活をしているので、彼らの落ち着かない心情がリアルに伝わってきて、他人事とは思えなかった。僕は若い二人のように容易に環境に馴染むことができず、今でも茅ヶ崎の駅で深いため息をつくことが多い。やっぱり暮らす街は自分で選ぶものだね。

記憶に翻弄される二人を眺めながら、亡くなった父の記憶が今この胸にあることに僕は心から感謝した。同時に、誰かを失っても、記憶さえあればその人はいつまでも「ここにいる」のだし、忘れてしまえば生きている人だっていないのと同じなのだという残酷さに嘆息した。

瀧と三葉は、誰にも信じてもらえないような運命的な体験を共有するのだが、その記憶は次第に消えてしまう。なぜその大切な記憶を、その大切な人の名前を忘れなければならないのか、と思いながら見ていたけれど、失った人の記憶にしがみついていては、僕らは前へ進めないのだ。人は忘れることで生きていける、というのもまた真理なのだから。

そうやって考えてみると、もしかしたら僕らは皆、定められた「運命の人」を忘れているだけなんじゃないだろうか。どんな人にも結ばれるはずの運命の相手が与えられていて、その人に巡り会うのだけれど、その人が運命の人だと気づけるか、そのときの自分を信じられるか、勇気を出して声をかけられるかどうか、というところが大きな分かれ道なんじゃないか、なんてセンチメンタルなことを思う。

哲学者プラトンは「人間はもともと球体をした生き物で、それが半分に断ち割られて今の姿になった。 だから自分に欠けている片方を探して回るのだ」と言ったという。その記憶の失われた「欠けている片方」を求めて生きているのだとしたら、瀧と三葉がそうしたように、僕らは「この人だ」と思ったら、何の根拠がなくても、自分自身を信じて、失敗を恐れずに、見知らぬ街の階段ですれ違ったその相手に、勇気を持って話しかけるしかないのだろう。

大切な人との忘れがたい記憶は、そこからしか始まらない。相手の名前を聞くことからでしか。「君の名は?」と。

君の名は 04

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