クリストファー・ノーランって映画監督知ってる?
『ダークナイト』とかで、あのマンガのバットマンを、本当に実在するみたいにリアリスティックに描いちゃったり、『インセプション』では無意識の底とか、『インターステラー』では未知の惑星とか、ようは人類が未だ見たことのないはずの世界を、すんごい映像と抜群の筋書きで見せちゃうすんごい人でね。
まあつまり、この人が撮れば絶対に失敗はしないだろうっていう、巨匠と呼ばれる映画人の中でも、なかなかいない現代の希有な大物だ。
そういう、芸術性と娯楽性の融合って意味では、俺は勝手に、スタンリー・キューブリックの後継者だと思ってて、もちろんより現代的で進化してるんだけどさ。
まあそんな、作家性の塊みたいなノーランが、なんと実話を元にした戦争映画を撮るっていうんで、さっそく見てきたんだ『ダンケルク』。
戦争作品って、もう描くところは昔っから決まってて、「悲惨」で「愚か」で「哀しく」て、っていう反戦メッセージにしかならないでしょう。そんなわかりきったのは退屈だし、だから俺あんまり好きじゃないんだけど。
……ノーランが戦争物をそんなまっとうにやるかねえ……なんてぼんやり考えながら見はじめたら、冒頭、どっかの若い兵士が数人、人影のない街を歩いてて、いきなり、ダーン!!!っていうものすごい銃声。鼓膜が破れんじゃねえかってほどの!
唐突に我に返り、一目散に走り出す兵士たち。
この数発の銃声で、野暮な思考はダーン!と吹っ飛ばされて、一気にどこかの戦場に引きこまれる。俺の心臓もバクバク。ああ、ノーランだ。リアルガチだって感じ。
理屈じゃなく、映像と演出で、一気に映画世界の中に引きずり込まれる感じは、『ゼロ・グラビティ』の冒頭に近かった。
これはひとつには、IMAX上映だったことが大きいと思う。
IMAXはとにかく画面がデカくて綺麗で迫力ある上に、音響が凄まじくて、実際、銃声や爆撃シーンは本当の戦場にいるみたいに腹にビンビン響いてきて、スゲえ怖かったもの。
3DやCGを嫌うノーランだけど、IMAXは彼が初めて長編映画に使ったんだってね。たしかにCGや3Dには未だにこけおどし的な嘘くささがつきまとうけど、IMAX技術は「現実」を拡張増大させて劇場に持ってくる役目だからね。根本が違え。
ともあれこの時点で、これは美しい映像と重厚な筋書きとクールなキャラクターで楽しませる娯楽映画じゃなくって、ひたすら戦場のリアルをつきつける体感映画だということにうすうす感づく。
っていうか、マジで、すんげーリアルだからな。
つまり、すげー怖いし、ヤバいし、うわーこの一発で人って死んじゃうんだー、この一瞬で人生終わっちゃうんだー、戦争マジこえーって。
俺はこんなに現実的な死に迫ってくる戦争映画を他に知らない。いや、もしかしたら年を取ってようやくそういう「死のリアル」を感じ取れるようになっただけで、今『プラトーン』とか見たらヤバいのかもしれないけど。
ともあれこいつは体感アトラクションに近いので、ここでも物語の筋書きには一切触れない。予備知識もいらないし、鑑賞後に語る必要もない。いや、完璧に練られた脚本なんだけどな。
スゲえなって思ったのは、ノーランの「切り取り方」の潔さ。
戦争映画って、実際の戦場の悲惨な状況の他にも、時代や事態の背景とか、国家間や人間間の関係性やら、敵味方をどう描くかとか、とにかくいろんな視点から広く描かなくちゃなんないはずなのに(だから浅くなって破綻しやすい)、ノーランは、そういうの一切捨てて、「戦場にいる人たち」だけを切り取って次々と描いたんだ。
だから冒頭から、ダンケルクって街にいるらしいってのはわかるんだけど、それがどこの国で、この兵士はどこの兵で、戦況はどうなってるとか、ぜんぜんわかんねえ。だんだんわかってくるところもあるけど、基本的に説明はないし、敵兵も姿を見せない。
この、戦場の局地だけを「切り取った」ってのが、ノーランのクールさが戦争映画にも表れた顕著なところだろうな。
あとうなっちゃったのは、途中で時間軸がおかしいなって思ったら、じつは、防波堤での出来事と、ボートでの出来事と、戦闘機での出来事は、全部時間の速度が違ってたのね。
つまり、防波堤での一週間と、ボートでの一日と、戦闘機での一時間を交互に見せるっていう斬新なやり方。それでクライマックスまで突き進んでいくと、臨場感がハンパない。
キャラクターより戦場の圧倒的なリアルを体感する映画って書いたけど、トム・ハーディーだけはクソかっこよかった。セリフなんてほとんどない。ただひたすらカッコいい。黙って信じたことをやる男。『ダークナイト ライジング』のときのベインと同じで、ほぼマスクしてるから「眼だけの演技」でここまで惹きつける男もそうはいないだろう。
クライマックスは書かないけど、ぶっちゃけ最後はちょっと涙ぐんだ。
ノーランが安易に戦争映画で泣かせにはこないだろうと思ってたし、実際にそうなんだけど、でもなんか胸が熱くなってくる。
そして、なんだかすげえパワーをもらった。
「家に帰る」っていう、彼らのそのただひとつの強い願い、何よりも叶えたい希望が、すでに叶っている俺たちは、もっともっとめいっぱい、人生をまっとうしようじゃねえか!って、若くまっすぐな元気玉をもらったよ。
それはもしかしたら「自分より悲惨な状況を見て安堵する」とか「戦争に比べれば俺たちはみんなしあわせなんだよ」なんていう比較一般論と根っこのところでは変わらないのかもしれないけど、それを理屈でなく、体感させられると、やっぱり胸が熱くなる。
っていうか、映画って、そういう装置なんだよな。IMAXがそこのリアリティを増幅させる。
この映画がスゴいのは、ひとことで「戦争は悲惨だよ」とか「極限で戦う人間に感動するよ」っていう映画じゃないってことだ。泣かせる感動モノでもなければ、かといって反戦メッセージを押し出したノンフィクション調でもない。事実を切り取って、希有なセンスで作品に昇華して、ってもう、こういうのはノーランしか撮れねえよな。
それにしても、トム・ハーディーの力強い表情や、恐怖に震える若者たちの瞳を見ていたら、俺はあいかわらず生ぬるいのう……って思ったよ。
思ったから、もうちょいパワー入れて、もっとあれこれやったろうってね、そういうパワーをね。みんなIMAXで見ろよ。じゃーね。