前回☞ ずっと睨んでくるドラゴンと、水琴窟に広がる宇宙〈京へ西へ。その十三〉

ルーツである妙心寺を後にして、京都旅の目的地のひとつ、龍安寺へ向かう。

なんてったって、枯山水。龍安寺の石庭ってのは、旅を決めたときに真っ先に浮かんだ場所だもんね。実際にこの目で見たら、何を感じるんだろうって。

何かから何かを感じる旅だからね。ココは外せない。

それにしても、ココも紅葉が綺麗でねえ、毎日とんでもなく綺麗な紅葉ばかり見てると、ちょっと麻痺してくるけども、まあそれでも目を奪われる。——うっとりするね。

東福寺も綺麗だったけど、参道のこぢんまりした風情と相まって、こっちのほうがいい雰囲気で、オレは好きでした。

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そんでもって、石庭、ですよ。いよいよ。出ました。枯山水。ZEN!ザ・ジャパニーズ・ガーデン!

そんとき、気分はわりと晴れてきてたんだけど、それでも、なんか、昨日ほど快晴じゃないというか、ちょっとした靄がかかってる感じで。

そういう曇った感じの気分だったからか、待ちに待った石庭を見ても、……あれ、……なんも、感じない。

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混雑してはいるものの、庭の前の縁側に腰掛けることができて、外国人観光客がガイドさんに英語で説明を受けてるのを隣でもらい聴きしながら、心を鎮めて、ひたすら眺めるのだけれど。

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わからん。

さっぱりや。

わいの直感、どこ行ったー?

敷き詰められた小石は、何を表しているのだろう?

不規則に並ぶ岩は、なんの象徴なのだろう?

あの土壁のグラデーションに、意味はあるのだろうか?

わからん……、ちいっっっとも、……わからん。

期待していたぶん、なんだかモヤモヤして、でも停滞するのもアレだからと、とりあえず立ち上がり、境内をゆっくり回ることにした。

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裏庭もとても綺麗でね、侘助椿なんて風流な名のついた花があったり。そんで、石碑っていうか、蹲踞(つくばい)っていうの?そこに〈吾唯足知〉って文字があってね。

吾(われ)、唯(ただ)、足ることを、知る、って読むんだけどね。まあ、そのまんま、禅の精神だよね。

いつも、足りている。何も、欠けていない。すべては宇宙の完璧なバランスにあるんだよーっていう、禅のね、真ん中にある心じゃないのかな。

貧乏でも、苦しくても、金持ちでも、孤独でも、なんでも、どんな状況でも、人は、皆、この世は、すべて、今が完璧で、そう思えないのは、混乱して、見えなくなってるからやで、後になればわかるんやでー、と。

好きな言葉だったんで、無意識にこの漢字を脳裡に浮かべながら、もっかい石庭に戻って、ふと、もっかい眺めてたらね、また、すっと、力がぬけてさ。

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ああ、オレは、意味を求めてたんだ。

だから、わからなかった。何も感じなかった。

理屈で、頭で、理解しようとしてた。

見よう見よう、わかろうわかろう、とするあまり、

見えて、いなかった。

感じて、いなかった。

〈吾唯足知〉という言葉を知っただけでわかったつもりになるように、言葉、意味、理屈に囚われて、目の前にあるものを見てなかった。

理屈のベールがかかって、言葉のフィルターがかかって、クリアに見えていなかったんだ。

そう気づいて、唯、ただ、石庭を眺めていたら、今度は、何か、入ってきた。

それこそ、抽象で、言葉で言い表す類いのものではなくて、直感で、直観で、概念みたいなものなんだけど、入って、きた。

たぶん、それでいいんじゃないか。

言い表せなくて、いいんじゃないか。

言葉という、不自由なものに落としこんだら、この無限に感じる感覚は、まったく台無しになってしまうような。

バッハが十二音階を定めたとき、あまねく人々に音楽の理解が広がった代わりに、無限の音色が消えたように、言葉に置き換えた途端、何かが縛られ、本質から離れてしまう。

それでも、あえて、あえてこのとき石庭を見て感じたものを言葉に落としこむとしたら、オレは、横に流れる幾筋もの小石の筋、それによって構成される庭全体に、——時の流れ、のようなものを感じた。

整然とした時の流れに、不規則に岩が配置されて、波紋が立っている。

完全な整然と静寂の流れに、何の意味もなく訪れる不意の岩。出来事。

すべては、はじめから決まっているのだという。

ビリヤードのブレイクショットのように、はじめの一撞きがされたとき、この世のすべての運命は決まっている。起こるとこは、起こる。

そんなことを、感じた。

言葉にしたから、実際に感じた気持ちとは隔たりがあって、やっぱり違和感はあるけど、まあ、そんな感じ。

そして、きっと、次にまたここを訪れて、この石庭を見たら、オレはまた違う何かを感じるのではないか。そんな気がした。

わかりやすい言葉も、胸躍る高揚もなかった。けれど、何か、安堵というか、一体感というか、とても静かな感慨を胸に、龍安寺を後にした。つづく。

☞ 金ピカ極楽浄土で不埒な妄想を〈京へ西へ。その十五〉

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