その日は、朝から調子が良かった。

いや、正しくは、身体の調子はあいかわらずだったが、__今はこれでいいのだ、と思えるようになって、心は清々しかった。

木曜日なのでアンをドッグランに連れていき、掃除や洗濯をした。

昨日から泊まっていた中学生の娘とペヤングを食べながら、新しくできた唐揚げ屋さんに行けばよかったね、という話をした。

午後になると、娘は友だちと遊びに出かけ、私は電車で都内に出た。

渋谷のA&Fで、ソファカバーに使っているペンドルトンのラグを買い足した。ペンドルトンは少し値が張るが、アンが来てから、リビングや書斎のソファ、車の後部座席に敷いて、汚れたら洗濯して使っている。生地が分厚く、デザインが素敵で、タフで、長く使えるので、コスパも悪くないはずだ。

表参道のCHUMSでは、ボタンダウンのシャツを買った。カラーや素材、胸元のロゴなど、種類が多く、何着も試着させてもらって、ブルーのデニム生地に胸元にブービーバードの長袖、ピンクにCHUMSのロゴの半袖の二着に決めた。

CHUMSではいつも、納得いくまで何着も試着させてもらって、スタッフさんに相談しながら選ぶので、失敗がなく、とても満足している。いつもありがとう。

ちなみにCHUMSのマスコットは、ペンギンに間違えられやすいが、ブービーバード(カツオ鳥)という聞き慣れない種類の鳥なんだという。この日は、若い男性のスタッフさんがついてくれたのだが、「胸のペンギン……じゃなくて、ブービーバードが……」と言い直して、私は心の裡で「そこ間違えたらあかんやろ」と呟きながら笑いを堪えた。

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それから北参道の美容室で髪を整えた。先月来たときには、退院してからまだ間もなく、心身ともに落ちこんでいた。「来月にはきっと元気になってますよ」と言われ、私は自信を持てなかったが、その言葉通り、私は一ヶ月で見違えるほど元気になっている、と感じた。

ヘアスタイルが整って、ずっと欲しかったピンクのシャツと、春らしく爽やかなラグを買って、身体の調子もわるくなく、私は気分がよかった。帰りの電車で知人に、これから夕ご飯でも食べないか、とLINEを送ってみたが、都合がつかなかった。それでも、私は気分がよく、だったら今日は一人でうまいものを食べて好きなだけ飲もう、と思い、駅ビルで焼き鳥や惣菜を買って家路についた。

私は一人でビールを飲み、焼き鳥を食べ、ギターを弾き、テレビを見て笑い、映画を観ながらハイボールを何本か飲んだ。アンがいない夜は寂しくなることが多かったが、その夜は一人が心地よかった。家族やアンがいなくても、私は今でいいのだ、と心から安堵していた。

翌朝、目が覚めると、まだたっぷりと身体に酒が残っているのがわかった。二日よいにもなっていない。キッチンにはハイボールの空き缶がたくさん転がっていて、記憶にないが、私は一人でそうとう吞んだようだった。

以前の私だったら、__ああ、やっちゃったな、と後悔するところだが、その朝は、まあ、たまにはいいじゃんね、と自分を微笑ましく感じた。私はだいぶ回復しているのだと感じた。

とはいえ、酒が残っていては身体がしんどいかな、と思ったが、むしろ私は何も考えずに、目の前にあること、思いつくことをどんどんこなしていた。

洗い物を片づけ、洗濯をし、部屋の配置を整え、掃除機をかけ、リビングのブラインドのシミュレーションをし、ゴミを捨てをし、わずか一時間半で、ほとんどの家事を終えていた。

私はそれらをやり終えてから、__ああ、今、私は完全に無我の境地にいたのだ、と思った。ぬたあん、ぬたあん、と。

〈バガボンド〉で、宮本武蔵が吉岡一門七十人あまりと斬り合いをしたとき、武蔵は七十人と斬り合うのではなく、一人と七十回斬り合う、という意識でのぞんだ。何十人も斬り倒していくうちに、やがて疲労が限界に達すると、何も考えず、ただただ身体が自然と動き、剣を振り、敵を斬る、という、よけいな力の抜けた理想の状態になり、さらに力を増した。

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__敵を斬って生き残るんだ、という意志すら手放し、無我、無心になった武蔵は、ぬたあん、ぬたあんと、ふらふらしながらも、ひたすら斬っていく。

私の状態もそれに似て、朝、酒が残っていて、頭は覚醒していないが、そのおかげで無心になり、眠ったので身体は元気、という状態にいたのかもしれない。

__未来、過去、他者、損得、気がかり、何も見ず、考えず、ただ目の前のこと、やりたいこと、好きなことを淡々とこなしていく、ぬたあんと自ずと動いている自分を観ているのが、心地よかった。

昼になると、考えることもなく、自転車に乗って、久しぶりに〈麺や鐙〉へ向かった。

この店は、茅ヶ崎に越してきてから十五年以上通っているお気に入りのラーメン屋だ。どのメニューも旨いが、私はいつも、店名を冠している、鯛出汁と豚骨のダブルスープの〈鐙らあめん〉か、ブイヤベースのように海老の出汁が濃厚で、まるで海を飲んでいるかのような〈えびしお〉か、クリーミーな白濁スープが絶品の〈とりそば〉をローテーションして食べているのだが、今日は、10杯限定の新メニュー〈鯛しおラーメン〉にしてみた。

家族で何度も通った店を一人で訪れると、いつも寂しさに包まれたが、その日はそれを感じなかった。私は今、好きなラーメンを食べている。彼女や子どもたちも、それぞれの場所で、それぞれのしあわせを生きている。それでいいのだ、と感じていた。

ラーメンが来るのを待つ間、iPhoneのKindleアプリで読みかけのシーザー・ミランの本を読んだ。

__犬は本能とエナジーの動物である、ということを忘れないでいれば、愛犬といい関係が築けるのだと、シーザー・ミランは書いていた。

言葉を交わせない犬と人間が、親友のように密接な関係を持てるのは、犬が私たち人間のエナジーを敏感に感じ取るからだという。たしかにアンは、私が哀しみに暮れているとき、疲れているとき、元気なとき、笑っているとき、そのエナジーを感じ取って、私に同調しているような気がする。そして最近、私も自然とアンのエナジーに同調できるようになってきた気がする。

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鯛だしラーメンが運ばれてきた。一口スープを啜ると、なるほど鯛の濃厚な出汁が、塩味でさっぱり仕上げられていて、じつに旨い。まして二日酔いはラーメンの最高の調味料である。私はあまりの美味しさに一人で何度も頷きながら、「美味しいね」と言える相手が隣にいないことを少しだけ寂しく思い、麺を啜り、餃子をつまみ、時雨ごはんをかきこんだ。

__ふと、何かが、気になった。

カウンター席の隣に座っている男が、なにかと落ちつかないのだ。アクリルのパーティションで区切られてはいるが、距離は近く、彼は食べながら、テーブルを拭いてみたり、他の客をキョロキョロ見てみたり、スマホを覗いてみたり、動きが忙しなく、こちらも落ちつかなくなってくる。なるほど、私は今、彼の落ちつかないエナジーに同調しているのだな、と感じた。

さらに、外に何人か並んでいたのだが、後から来たのに先に席に着いてしまったらしい男に、並んでいた男の一人が詰め寄り、なかなかの剣幕で怒りはじめる、という一幕があった。

一瞬の出来事で、大ごとにはならなかったが、犬も人間も同じだ、と私は思った。隣の男が落ちつかなかったり、知らない男が怒っていたり、そのエナジーは伝播して、まわりの人間にも影響を及ぼす。

あの頃、錯乱して世界や他者に怯えていた私と暮らしていた家族は、こんな気分だったのかもしれない、と私は思った。

ひとつの群れに、ネガティブで強烈なエナジーを発する犬がいたら、さらにそれが一家の主であったりしたら、そこに暮らす残りの犬たちは、さぞかし苦しい思いをしたに違いない。犬の群れのリーダーは、混乱した犬がいたら、最終的にパック(群れ)から追い出すという。

私はそんなことを考えながらも、苦笑して、ラーメンを味わえるくらいには元気になっているようだった。鯛の濃厚なスープにはレモンスライスが入っていて、爽快で、飲み干してしまいそうだったが、さすがにやめておいた。

外に出ると、さっき怒っていた男が、じろりと私を見た。私は自転車に乗って家路についた。帰りにスーパーに寄るつもりだったが、たらふく食べたせいか、少し気分が悪くなっていた。この気持ち悪さも、満足感の一部だ。私はそんなことを思いながら、電動アシストに助けられつつ、春の午後をのんびり走っていた。

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