コラム/エッセイ

フィクションが足りないと、人生は色を失っていく。

Ivy reads in bed
Ivy reads in bed / Richard Masoner / Cyclelicious
「容疑者Xの献身」という映画をテレビで観た。僕はミステリ小説をまったく読まないので東野圭吾に興味はなかったのだけど、いつの間にか引きこまれて最後まで観てしまった。

主人公ガリレオを演じた福山雅治とヒロインの柴咲コウの印象はほとんど残らず、犯人役の堤真一と彼が護ろうとする松雪泰子の、濃密なリアリティに満ちた存在感と、暗く絶望的な生活感だけが心に残った。二人の周りの世界はいつも色褪せていて、物語ははじまりから終わりまでずっと暗くて寂しい。二人は野心も欲もなく、ただ健気につつましく生きようとするのだが、そのささやかな願いは叶わない。

今の僕には、物語が、足りない。そんな気がした。

小学生の頃からマンガや映画や小説に囲まれて、物語に夢中になりながら成長してきた僕も、誰もがそうであるように、歳を重ねるにつれてやることや責任が増えて、フィクションに触れる機会が激減してしまった。

だけど、人生には物語が必要だ。フィクションが、僕らの想像力を鍛え、人生に彩りをそえて、人に深みを与えてくれる。

若い頃読んだ村上龍の『イン ザ・ミソスープ』に出てくる猟奇殺人者フランクの告白は衝撃的だった。

「人を殺す以外にするべきことはないと思っていた。生きのびていくために殺人は必要不可欠なことだった。(中略)脳とからだを常に活性化して生きなければ、人はたとえ子どもでも、老人性痴呆症のようになってしまう。(中略)人類はそれを防ぐために、狩猟社会のハンティングから、ポップソングや自動車レースまで、ありとあらゆることを考えてきた。」

もちろん納得はできないが、フランクの言葉には頷けるところがあった。人を殺してしまう人というのは、こういうものの考え方をしているのかもしれないと思ったら、背筋が冷たくなるのと同時に、知らない世界にワクワクしてしまう僕がいた。

瀬戸内晴美の不倫恋愛小説しかり、中島らもが書くアル中やヤク中の話しかり、常識的には悪いこと、いけないことをしてしまう人たちの心情や生活感の中に、もっと大切なものがある気がしてならない。

花村萬月は、小説の中でヤクザ者や社会不適合者を描きながら「新たな倫理を作ろう」としていたという。虚構の世界だからこそ、犯罪や悪事の裏にある人間の真理を学ぶことができ、それによって人は深みを手に入れる事ができる。

僕の経験から言うと、漫画や小説、映画などにあまり触れずに育ってきた人ほど、自分の知らない世界を認めることができない傾向が強い。想像力が育まれてこなかったのかもしれない。

子どもは枕元でピーターパンのお話に耳をすませ、大人はスクリーンに人生の切なさを見る。フィクションには、限りのない力がある。今夜は子どもたちに、あのとっておきのお話を聞かせてあげよう。

 

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