僕は頭が悪いから、チャレンジしつづけるしかないんだとあらためて思う。

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つくづく僕は頭が悪いと思う。

四十年近い人生で、それなりにいろいろとやってきたけれど、いまだに人に誇れる結果はついてきていない。そう思うと、いくら天気がよくたって、目の前が暗くなる日もある。

先日、ホリエモンこと堀江貴文氏の仮釈放の記者会見を読んだら、こんなことを言っていた。

私はわりと体で覚えないとダメなタイプです。賢い方は本を読んだり、落ち着いて考えたりしてちゃんとできますが(後略)

おっとっと、東大卒で100億稼いだ人が、自分は賢くないと言ってるじゃないの。そんなこと言ったら僕はどうなっちゃうのよ。どんだけ体で覚えないといけないんだよ。

でもよく考えたら、ホリエモンだって壁にぶつかって、体で覚えて成長してるんだと思えたら、多少は僕の見る世界も明るくなってくる。

数年前に家人が病気で倒れたとき、僕はそれまでの人生を見直すことにした(というか、見直さざるをえなかった)。

それまでは共働きで忙しいながらも、三人のラブリーな子どもたちとともに家族五人で仲良く暮らして、週末にはサーフィンをして、夫婦で庭でビールを飲んで、気が向いたら文章を書いて、海のそばでウクレレを弾いている生活がずっと続くだろうと思っていたのだけれど、そんな絵図は一瞬で破れてしまった。

家人が入院して、子どもたちや家人の世話をするために長期休暇を取った僕は、潰れそうになる心をなんとか支えながら、空いた時間を利用していろいろとやってみた。

最悪の場合、家人の世話をするために家で仕事をしなければならなくなるかもしれないと考えて、独りでできる仕事を模索した。

家人と同じ病気で苦しんでいて人に相談できない人たちのためのWebサイトを作ってみたり、そこでかつては療養地として使われていた湘南を紹介したり、それらを統合したブランドを起ちあげてアパレル方面にも進出してみようとか、今考えると笑っちゃうんだけど、当時は真剣に、そういうふわふわとした現実味のないことをいろいろやってみようと思っていたんだ。ちょっとパニクってたんだろうな。

ていうか、実際にいろいろやってみたんだけど、いかんせん、それまでの人生で、100%自分の意思と発案で何かを真剣にやってみたことがなかったものだから、何をするにせよやり方がまったくわからなかった。わからない人は書籍なりネットなりセミナーなりで勉強するんだということすらわからなかった。

だからとりあえず自分ができることをやってみるしかない。

Macでホームページ作ったり文章を書いたり、Tシャツをデザインして作ってみたり(なぜ?w)、他にも忘れちゃったけどいろいろとやっているうちに、どれも形にならなくて、何をしたいのかもわからなくなって、お金と時間だけ使って計画はみんな霧散しちゃった。

家人が退院して会社に戻ってからは、トラック運転手を相手にした携帯サイトを作った。全国のトラックが駐められるコンビニとかトラックで行ける飲食店とか、ベテランの運転手が新人たちに代々受け継ぐ情報を集めた運転手版食べログみたいな情報サイト。

情報は僕一人でしこしこ追加してたからなかなか増えなかったけど、グラフィックデザイナーやってる高校の先輩がロゴとか作ってくれたり、ドライバーはGREEとか好きだからってんでドライバー専門のSNSを起ちあげたりして、ステッカーとかで集客してそれなりに人も集まった。その頃からデジタルに消極的なドライバーたちもガラケーからスマホに移行しだして、僕も真剣にユーザーのこととか考えるようになってきたところで、『C言語すら知らなかった私がたった2か月でiPhoneアプリをリリースするためにやったこと』という本に出会った。

iPhoneアプリって思ったより簡単に作れるらしい。しかもアプリなら、個人でももっともっと便利なサービスが作れるっぽい。

なんて、あいかわらず確証も得ずに今度はアプリ開発を始めた。C言語どころかプログラミングのプの字も知らなかったけど、けっこう楽しくて順調に開発していた。だけど作ろうとしていた機能が思ったより大変なものだとわかってきて、GoogleのAPIとか必要になってきて弱腰になってきたところで、大手が同じようなアプリを作り出したのを機に、アプリ開発からも手を引いてしまった。

他にもいろいろあったけど、こうしてここ数年間を振り返ってみると、溜息しか出ない。何にも形になっていない。時間とお金をドブに捨てたみたいな数年間だった。ホントに僕は頭が悪いなあ、と思ったよ。

だけどさ、世界のすべての事象には裏と表があるってこと、僕は最近学んだんだ。

僕がここ数年でトライしたサービスなりアプリなりはどれも形にならなかったけど、その間に僕は、とてつもなくたくさんの、大切なことを学んでいた。

Webサービス全般についてものすごい知識がついたし、セミナーやオフ会でリアルに人と会うことで世界が唐突に広がることも学んだ。趣味で使っていたMacやiPhoneのことも、無学な自分にできることとできないことも、そしていつだって、何歳になったって、意欲さえあれば、いくらでも人は勉強して成長できるということも。

特に大きかったのは、仲間の大切さを学んだことだ。自分でも気づいていなかったんだけど、僕はいつも独りで何かをしようとしてた。誰にも相談しないで始めて、転んで、あきらめる。だけどどこかに仲間がいれば、転んで多少血が出たって、すぐに立ち上がれるんだってこと、最近になってやっとわかってきた。家族とか旧い友人とかじゃなくて、同じ方向を見て歩いている仲間はかけがえのないものだって。

iPhoneアプリ開発の過程でブログを書くようになって、いつしかアプリよりもブログに重点を置くようになった。

十代の後半に、物を書いて生きていきたいなあ、と思っていた僕が、十年以上たって、いろいろトライして失敗して、気がついたらまた、物を書いていた。それに気がついて思わず笑ってしまった。

プログラミングどころか理系全般が自分に合っていないのは承知の上で、気合いと根性でどうにかなるだろうとがんばってきたけど、結局最後に辿り着くのは文章なのかよ、と。どこまで頭悪いんだよ、と。

これまで何事も一生懸命、命をかけてやってこなかった僕が、たったひとつだけ継続してきたこと、それが文章を書くことだった。

大学に入って初めてのMacを買ってからは、毎日酒を飲みながらどうでもいい身辺雑記を書いた。エッセイや小説じみた物も書き殴った。いつからか至極個人的なブログを書くようになって、十年くらい書きつづけた。

途中Macやネットから意図的に離れた時期があったけど、それ以外は、料理人をやっていても、工場で働いていても、トラックで全国を走り回っていても、いつもどこかで文章を書いていた。

真剣にブログを書くようになって、文章というもののとらえ方もだいぶ変わった。

それまでは無意識に、いかに美しい文章を書くか、いかに人を唸らせるかばかり考えていたんだけど、本当に大切なのは「いかにまっすぐ伝えられるか」だっていうことにやっと気がついた。ずいぶんおっさんになるまで、自分をよく見せたい、という幼稚な自己顕示欲を捨てることができていなかったんだなと、笑うしかないけどさ。

余計なお世話かもしれないけど、何をやってもうまくいかない人や前へ進めない人は、目の前にあることの本質をじっくり考えてみるといいと思う。

仕事でもなんでも、目的を明確にできれば、おのずとやるべき方向は見えてくる。

たいていは、お金にも幸せにも繋がらない、くだらない自尊心(プライド)にがんじがらめになっている場合が多いような気がする。

大切なのは誰かの役に立つことで、世界に必要とされることで、自分を愛せることじゃないかな。頭の悪い僕にも最近それくらいはわかるようになってきた。

遠回りばかりしているけど、それでも亀のように、前へ進んでいるのかなと思えば、世界は明るくなってくる。

日常の舟で、人生を創る点と点を結ぶ線は見えないけど、過去を振り返るとそれが見えてくる。

効率が悪いとか遠回りしてるとか失敗ばかりだとか、そんなことはどうでもいいから、頭が悪い僕は、ただひたすらチャレンジしつづけるしかないんだとあらためて思う。

点と点を最初から結ぶのはむずかしいことです。後に振り返ったときに初めて、点と点を結んでいた線が見えるのです。だから、いま一見無関係に見える点もいずれは自分の人生の中で大きな線でつながれることを信じなくてはいけません。自分の勘、運命、輪廻を信じ続ける、そういう考えをもっていると人生に失望することはなく、常に自分に力を与えてくれるようになります。
___スティーブ・ジョブズのスタンフォード大学でのスピーチより

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