【エッセイ】星空いっぱいの悠久の過去

大麥哲倫星系大麥哲倫星系 / WalkingGeek

 

僕が好きな中島らもの珠玉のエッセイの中でも、最も好きなお話のひとつに「サヨナラにサヨナラ」という一編がある。

夏が終わって、朝晩の空気が澄みわたり、世界が少しずつクリアになっていくのを眺めていると、僕は毎年この話を思い出す。

らもは、空気が冷たく澄んだ冬の夜空を見上げていると「この世の些末な悩み事などどうでもよくなってくるし、自分の生き死にさえたいした問題でなく思えてくる」そうなのだが、よくよく考えてみると、空一面に広がる星々というのは、じつはすべて過去なのだという。

たとえば四万光年はなれた星ならば、その光は四万年かかって地球に届いているのだから、四万年前の姿ということになる。

だから厳密には宇宙開闢の姿すら見ることができる。

「夜空は時の悠久の流れを一望のもとに照らしだすスクリーンなのである」

なんともらもらしいロマンチックな話ではないか。

しかしもっとよく考えてみると、僕らが目にしているすべての事象は、過去のもとだと言える。

あなたの目の前に立っている家族や恋人、友人、愛する人の姿は、「無限分の一秒」過去の姿だ。

だからこそ、想う相手をいつでも腕の中に抱きしめていることが肝心だと、らもは言う(心がほっこりする本編をぜひ読んでみてください)。

一緒にいる、ということは、かけがえのないものだ。

自分の人生の過去を振り返ったとき、僕らにとって本当に大切な存在というのは、一緒にいた人だ。

強く憧れた人よりも、心から想った異性よりも、血の繋がった親よりも、同じ場所と同じ時を過ごした人たちが、記憶の真ん中にいる僕をやさしく包み込んでくれている。

僕は満天の星空の奥に、そんな彼らの顔を思い浮かべながら、明日も笑って生きていこうと思う。

寒い冬は苦手だけれど、そのぶん人々が寄り添うのを見ていると幸せな気持ちになりますね。

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