DropShadow ~ nagasaku

原作が芥川賞候補になった小説だということで、じつに小説じみた映画だった。

まずこの挑発的なタイトルに反して、空気感と展開はもの足りないくらいに静かで、物語は淡々と進んでいく。魔性の女特性を持つ永作博美と奇抜なタイトルに妙な期待を抱いている男性諸君は、いささか、というかかなりの肩すかしを食らうことだろう。

息を呑むような濡れ場シーンはまったくない。冒頭に出てくる英語のタイトルは「Don’t laugh at my romance.」となっているので、正確には「僕の恋を笑うな」っていうことで、内容もそういう切ない初恋の物語。

主人公は美術学校に通う純朴な青年・みるめ(松山ケンイチ)。彼が恋に落ちるのが美術学校の臨時講師を勤める20歳も年上の女性・ユリ(永作博美)。ユリに誘われるがまま二人はつきあうことになるんだけど、じつはユリは既婚者で普通に旦那さんと一緒に住んでいる。

まっすぐで純朴な青年を松山ケンイチが、天性の小悪魔気質を備えた年上の魅力的な女性を永作博美が演じている時点で、この映画の輪郭はほとんど整ったと言っていい。それくらい二人とも役にハマっていたし、この二人でなければこの映画は成り立たないというほどに感じられた。

脇を固める蒼井優と忍成修吾の存在感も素晴らしい。あれくらいの年頃の青年なら誰でもコロリと惚れてしまうような魅力的なユリに対して、女性が共感するのは蒼井優演じる、若くまっすぐなえんちゃんのほうだろう。

DropShadow ~ nagasaku2

舞台は群馬県桐生市。季節は冬。僕は夏が好きだが、映画や写真は冬を切りとったものが好きだ。冬の白んだ空に、厚い服を着込んだ人々が、妙にはしゃぐわけでもなく、ひかえめながら、それでも内なる熱情をもてあましている姿が、人間の生命力というか熱さみたいなものを感じさせる。

長まわしのカットが多く、カメラもあまり動かない。台詞の発声にも張りがなく、聞きづらい箇所も少なくない。雰囲気から察するにアドリブも多そうな感じ。つまり、全体的にすごく生活感とリアリティがある。

つかみどころのない不思議で魅力的な女性というのは、多くの人にとってあまり現実的には映らないものだが、リアリティのある演出と実力派の永作のオーラによって、作品がうまく収束されているような感じを受けた。

考えてみれば、現代の日本映画界を代表する二人の天才女優、永作博美と蒼井優がメインの役どころを演じているのだから、それなりの空気感が生まれるのは当然なのかもしれない。忍成くんの存在や冬の日本の美しい景色も手伝って、岩井俊二監督の『リリイ・シュシュのすべて』を思い出した人も少なくないだろう。

松山ケンイチは自身が語るように、演じたというよりは素の自分を出していた感じがする。インタビューによれば、彼は演技ではなく、本当に心からユリ(=永作博美)を愛してしまったというが、なるほどたしかにそれも無理はないだろう、と男なら思ってしまうはずだ。

この作品を一言で言い表せば、「徹頭徹尾永作博美」。いい女優だとは思っていたけど、やはりさすがだ。

物語は着実に動いていくのだが、頭から終わりまでとても静かなまま。心が揺さぶられているはずなんだけど、その揺らぎも静かで淡々としている。そしてそのまま幕を閉じる。こういうふうに、やさしい風を浴びるように沁みいってくる映画があるということを、僕はしばらく忘れていたような気がする。

『人のセックスを笑うな』永作博美&松山ケンイチ 単独インタビュー – シネマトゥデイ