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先月、娘の七五三で神社へ行ったときに一万円お賽銭してみました。

心屋仁之助さんが提唱している「神社ミッション」ってやつですね。

「なるべく御利益のなさそうな寂れた神社に一万円お賽銭してみましょう」というやつ。

七五三なんで、鎌倉の鶴岡八幡宮というとっても立派な神社だったんだけど、なんかいきなり思いついて、半分勢いでやっちゃった。

すんげードキドキした!

やるぞ、って決めたのはいいんだけど、賽銭箱が近づいてくるに連れて、心臓が高鳴ってきます。

一緒にいたお友だちは、僕が1万円入れると言うと、ゾンビみたいに目を見開いて「えっ!バカじゃないの!」という顔であっけにとられてます。

休日で人も多かったので、誰にも見つからないようにそろっと入れてきました。なんか悪いことしてるみたいだった(笑)。

「お願いします」じゃなくて「ありがとう」だった

一万円札が音もなく手から離れた瞬間、ボク無意識に「あっ」って言ってました。

なんかね、入れる前は、ドキドキしながらも、ちょっとワクワクしてたんです。

一万円札を入れちゃうなんて、こんなことしたらどうなっちゃうんだろう〜♫

お金がガッポガッポ入ってくるのかしら〜♫

なんて(笑)、

心屋さんの「神社ミッション」ってのは「お金への執着を手放す」ことが目的だってことはわかっていたのに、いざとなるとやっぱり金金金〜ってなってたわけです。

でもね、手から一万円札がはなれた瞬間、なるほどなー!ってなったんです。

だって、自分の中から

「ありがとう」

って言葉が出てきたの。

あー、そういうことかーって。

なんか入れる前は、「この一万円を手放すことで、もっと大きなモノが手に入る」っていう、期待というか見返りのことで頭がいっぱいだったんです。

けど入れてみたら、「今まで幸せに生きてこれて、ありがとう!」っていうのがじゅわーっと溢れてきた。

神社って、お賽銭して手を合わせて「神さま、どうか〇〇できますように」とかお願いするもんだって教えられて生きてきたけど

そうじゃなくて、「神さま、いつも幸せでいさせてくれてありがとう!」って言うところなんだな

ってことが、するっと入ってきたんです。

お金への執着がモヤモヤとなって見えた。

でもね、ぶっちゃけそんな「うわあ!神さまありがとう!サイコーの気分だぜベイベー!」とはならなかった。

帰りにちょっと高めの回転寿司に入ったんだけど、なんかいつもより金額が気になるの(笑)。

いつも家族で行く全品100円のスシローじゃないからってこともあったのかもしれないけど、なんか気持ちがふわふわして、子どもたちが金色の皿ばっかり頼むと「あああっ」ってなる。

最終的には金額なんて気にしないで好きなモノを好きなだけ食べたんだけど、なんか「まだ自分の中に残ってるお金への執着」をわかりやすく教えてもらったような気がした。

だってお金への執着って、完全には消えないもんね。家族や生活があるんだもん、出家でもしない限り、ずっとついてまわるもの。

「神社ミッション」をやったら、なにかいいことあったのか?

じゃあ、「神社ミッション」やってなんかいいことあったの?って聞かれれば、うん、あった気がするよ。

数日後に書斎を片づけていたら、一万円札が二枚出てきて「おっ!さっそく倍になって返ってきた」って喜んだけど、まあそれは偶然の範疇とも言える。

その後しばらくして、また大きなパッカーン!があって、「オレはやっぱり無限だニャー!」ってなったんだけど、そっちのほうが大きかった気がする。

その「オレはやっぱり無限だニャー!」っていう第2の気づきって、「お金なんてどーにかなる」「なくなったときに考えればいい」っていう覚悟から生まれた「何にも縛られずに好きなことだけやればいいんだー!」っていうパッカーンだから、けっこう深くカンケーあるんじゃないかな?

自分自身にお参りするんだもん、1万円なんて安いもんさ

わかんないけど、ひとつだけ言えるのは、「また気が向いたらやってみよ〜」って思ってるってことだ。

「神社ミッション」に価値があったのかどうかはよくわからん。

でも、そうやって価値があるのかないのかわからないことをまたやりたいと思う、それこそが「価値(お金)を手放す」ということかもしれないね。

ほいで、お金を手放せるからこそ、「好きなことを仕事にしよう」とか「あいつより成功しよう」とかいうのがなくなったのかもしれない。

神社のご神体って「鏡」が多いんですよね。鏡に映るのは、自分。

だから僕らは、神さまと自分自身にお参りして、自分自身にお賽銭してるんです。

そう考えたら、一万円なんて安いもんでしょう。

5円じゃ10円じゃ、自分をバカにしてるよね(笑)。

でもね、心屋さんだって何度も神社ミッションやってるって言うし、またきっとたくさん執着しちゃうときがくるんだと思う。そんときはまたやってみよう。

そういえばこの前本で読んだ詩人の三代目魚武濱田成夫さんは、高校生の頃、道端に六万円をそっと置いてきたんだって。金ごときでビビってるダサい自分を手放したくて。恐るべき高校生だわ(笑)。

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