予告や事前情報では失敗作の匂いをプンプンさせといて、本編は完全にゴジラの形をしたエヴァンゲリオンだった!という庵野監督の術中に完全にハマった、東宝の夏休み大作とは思えない問題作・衝撃作となった「シン・ゴジラ」!

政府役人たちの緊急災害対策の様子や自衛隊の作戦など、そのまどろっこしさも含めて、とても怪獣映画とは思えないリアリズムとスリリングな展開。そこに今まで見たことのない庵野版ゴジラの強烈な個性が加わって、頭から終わりまで圧倒されっぱなしの竜さんでしたが、もしかしたらウケない人にはちっともウケてないんじゃないかな、とも思います。

ぶっちゃけ子どもが夏休みにワーイワーイって見るような作品ではないよー。

やっぱり庵野さんですからね、ゴジラほどのエンタメ映画の王道でも、やっぱり数多くの謎や重厚で奥深いテーマを底に隠した、一筋縄ではいかない作品に仕上がってます。

そしていつも彼が僕らに届けてくれるのは、じつはその作品のインパクトとはほど遠い、やさしくて人間くさいメッセージです。

「この国で『好き』を通すのは難しい」

アメリカ大統領特使のカヨコ(石原さとみ)が、日本のことを語った言葉「この国で『好き』を通すのは難しい」

未曾有の事態だというのに、何を決めるにも、何をするにも、和を重んじて、まわりに気をつかって、自分の「好き」を抑えて生きていく我が国の文化と価値観。

それは日本人の美徳でもあり、他人と生きる人間にとって大切な考え方だけど、それって本当にみんなの幸せになるんだろうか。それでも最終的にすべての人間は、自分の「好き」を優先させることが、じつは本当の幸せにつながるんじゃないの?

「自分を抑える」「自分の『好き』を通さない」っていうのは、武家社会や軍国主義の名残が、いまだ目に見えぬまま連綿と心を縛りつけ続けているからなんじゃないの?

日本人を祖母に持つアメリカ人女性の口から、そんなことを言われた気がしました。

「好きにした」人だけが生き残った?

ちょっと予想してたけど、政府の中心的人物たちがあっけなく殺されましたね。かるーく、ささっとやられた(笑)。

対して、物語の核を担う主人公やキーパーソンたちはちゃんと生き残って、その後もゴジラと戦ったわけですが、あっけなく死んじゃった内閣の人たちと、生き残った人たちを分けたのって何なんでしょうか。

東京湾に巨大不明生物が出現し、都内を歩き回って被害を拡大させて、何より緊急を要する事態なのに、政府の対応は会議に次ぐ会議でなかなか進みません。

アメリカのようにトップダウンでスピーディに動いていくんじゃなくて、関係各所の情報や意見をまとめて、法案を通して、いろんなしがらみの中で意思決定していくまどろっこしい対応の連続。特に総理大臣は、自分の意思での決定なんかほとんどなくて、まわりの政治家や官僚に振り回されたあげくの「やむを得ない」選択ばかりでした。

対して、主人公の矢口(長谷川博巳)やカヨコたちは、空気を読まずにやりたい放題、好きなことばかり言って場を乱します。

でも結局、そうやって「自分の判断」を最優先し、つまり「自分」を何より信じて、大切に考えた人物たちが生き残り、周囲との同調や和を重んじてマゴマゴしていた人たちが死んでいったのです。

総理臨時代理の里見(平泉成)が判断に迷っていると、赤坂(竹野内豊)が「そろそろ好きになさったらどうですか」と提言して、ようやく里見は自分の「好きなように」動きはじめます。そして結局はそのおかげで、あの結末につながっているんですよね。

「私は好きにした。君らも好きにしろ」

ゴジラを研究し、理解し、出現を予測しつつ、海で謎の失踪をとげていた牧教授がボートの船内に残したメモに書かれていた言葉「私は好きにした。君らも好きにしろ」

教授がいったい何を「好きにした」のかは、物語の核心に関わる大きな謎ですが、この言葉こそ、庵野監督が作品を通して伝えたかった大きなテーマなんじゃないでしょうか。

他人とのトラブルや軋轢を恐れ、自分の「好き」を抑えることで、みんなとの和を壊すことなく、自分だけでなくみんなが幸せになれる。……というのは本当でしょうか?

みんなが「遠慮」して、自分の「好き」を隠すということは、その人が持っている一番の才能や長所を発揮できないということです。

それよりは、多少他人との軋轢があっても、恥ずかしくても、自分を遠慮せずに「好きにした」ほうが、けっきょくはみんなの役に立って、みんなにとってもいい結果が出る。本作の物語を通して見ると、そう思わざるを得ません。

ラストシーンでも、矢口とカヨコは心を通わせながらも、違う道を歩いてく決断をしますが、カヨコは「好きにすれば」と微笑みます。お互いが「好きにする」ことが一番だってことを知っているからでしょう。

つまり、

みんなもっともっと好きなことやろーよー(≧▽≦)!!!

ってことじゃない?

庵野監督自身、日本映画の宝とも言える「ゴジラ」シリーズ最新作を撮ることに相当のプレッシャーがあったはずで、一度は断ったそうですが、最終的には自分の「好きなように」作品を撮って、他の誰にも(絶対に)真似できないシン(新・真・神)ゴジラを完成させました。

今までのゴジラシリーズとは確実に一線を画す、ある意味「問題作」とも言える「シン・ゴジラ」が生まれたのは、何より庵野監督が「好きなように」作ったからでしょう。

それこそ、庵野監督から僕ら観客に向けられた「私は好きにした。君らも好きにしろ」というメッセージのように思えます。作りたいように作ったから、受け取りたいように受け取れば、って。

ね、シン・ゴジラも言ってるわ。好きなことして生きていこ!!!ビーバイ\(^O^)/