今日は心の日曜日。

何もしない日。流れる日。解放の日。俯瞰の日。

目覚ましを止める。まだ少し眠い。二度寝してもいいんだけど、せっかくだから、ベッドを出る。

歯を磨いて、ぬるめの湯にゆっくり浸かって、窓際のイスでぼーっとする。

明日は天気が崩れるらしいので、しょうがなく洗濯機だけは回す。

シンクに積まれた昨日の洗い物はとりあえず無視して、コーヒーを煎れる。

チョコレートを食べながら、書斎のパソコンに向かう。

昨日のノートをまとめたいところだけど、やらない。

来週の予定を立てたいところだけど、やらない。

仕事の続きが気になるけど、やらない。

ウッドデッキに洗濯物を干すと、陽光が思いのほかあたたかいので、ベンチを出してきて日向ぼっこをする。

昨日のアレを思い出す。先週のアレを思い出す。アレをこうしてこうしたらいいんじゃないか。

だらしなく身体が傾いてきて、ベンチに横になる。木製の肘掛けが頭に痛いが、そのまましばし微睡む。

冬の午前のお日さまは、とことん気持ちがいい。

寝ぼけ眼で散歩に出る。海は風がちょうどいい。人も犬もドローンも伸び伸びして見える。

この前読んだ本を思い出す。アイデアが降ってくる。気にしていたことがどうでもよかったのだと思いあたる。

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心の日曜日を大切にするようになってから、人生が落ちついた気がする。

心の日曜日は、何もしない。

流れる。解放する。俯瞰する。何もしない。

何もしないって言ったって、人はけっきょく何かしてるんだけど、何もしないぞ、と意識すると、

力がぬけて、こわばった身体がゆるんで、それから心もゆるんで、脳みそも解放されて、頭蓋骨に穴が開いたみたいに、アイデアがするすると流れこんできたり、ひらめきがポロポロこぼれ出てきたりする。

そういう、心の日曜日があると、他の曜日、アクティブに出して動いて、っていう日々が、より円滑に循環していく。

心の日曜日って言ったって、毎週である必要はなくて、人それぞれ、やってる仕事や習慣、心身の性質や環境によって、その間隔は異なって当然だ。

ビル・ゲイツは、年に二回、家族とも誰とも連絡を取らずに完全に一人で過ごす時間を取って、仕事や人生を俯瞰するのだという。

彼のようなビジネスマン、(動)陽の人には、年に二回くらいでいいのかもしれない。

トマス・ハリスのような作家や、フランク・ロイド・ライトのような建築家、見る人、創る人、(静)陰がエナジーの源にある人は、もっと頻繁に日曜日を取っている気がする。

僕は今のところ、週一で、こんな日があると、他がとてもスムーズに回る。なかなか毎週とはいかないけれど。

思い返してみると、大変な時期って、心の日曜日がまったくなかった。

会社に行けなくなった頃、がんばりすぎていて、毎日が月曜日みたいだった。

月曜日が終わったら、また月曜日。月曜日がんばっても、また月曜日。やってこない火曜日。見えるはずのない週末。

実際に週末が訪れても、心はいつも張りつめて、ちっとも休めていなかった。

タイムリープして同じ日を繰り返してしまう『恋はデ・ジャブ』という素敵な映画があったけど、アレとは違って、終わりの見えない日々。

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心の日曜日は、自分で、いつでも取れるんだよって、今ならあの頃の僕に教えてあげたい。

そんなの無理だよって、言うかもしれないけど。

忙しくって、ゆるめないのではなくて、ゆるめないから、いつまでも忙しいんだって。

日曜くらいは、日があるうちにビールを開けちゃってさ。乾杯。よい週末を。

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