コラム/エッセイ

【エッセイ】泣いたっていいんだぜベイビー。

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friends / mdpai75

年をとると涙もろくなるというのは本当だ。

僕らは年齢を重ねて人生経験を積むことで、他人の気持ちや苦しみを我がことのように感じることができるようになるから、若い頃には理解できなかったあれこれが心に沁みいってくる。

過日も滅多に見ないテレビを眺めていたら、タモリやベッキーががんばっている姿を見ただけでなんだか目頭が熱くなってしまった。

仕事で疲れて帰った食卓で、子どもたちが笑いながら賑やかに夕食を食べているのを見ているだけで、涙腺が緩むことがある。家人がそんな子どもたちを見つめながら微笑んでいるのを見て、また涙が溢れてくる。

身も蓋もない言い方をすればそれは、仕事の過緊張から解放されて情緒が不安定になっているのに他ならないのだが、その涙は決して深い闇の淵をのぞくような種類のものではない。涙そのものがあたたかく、自分自身を包んでくれるような、やさしい熱を帯びている。

思えば僕は泣き虫な子どもだった。

転んでは泣き、ケンカをしては泣き、叱られては泣いた。お世話になっていた親戚のおじちゃんには毎日のように「そんなことで泣くな!」と叱責されていたのを憶えている。

そんな血をひいた僕の子どもたちもけっこうすぐに泣く。

目に入れても痛くないどころか排泄物だって食べちゃいたいくらい溺愛している幼い娘たちが泣いていると、飛んでいって慰めるけど、聞き分けがなかったり僕が疲れていたりすると、つい「泣くな!」と大きな声を出してしまうこともある。

涙は、感情が臨界点を超えたときにできるものだ。喜び、怒り、哀しみが最高潮に達したときに、人は涙を流す。だから本当は「泣くな!」なんて言っちゃだめなんである。泣くほどのことがあるから泣くんであって、小便や大便と同じで、我慢しては身体に良くない。もちろん心にも良くない。

僕も大人になってからは、滅多に涙を流すことがなくなった。

だけどたまに、ごくまれにだけれど、涙が溢れてくる夜がある。

それは哀しいからでもないし、悔しいからでもないし、ましてや嬉しいからでもない。

誰かが健気に生きてる姿が、僕の胸を熱くさせる。その胸の奥の方から、涙がやってくる。

その誰かは自分であることもある。

僕は大人になってから一度だけ、電話を通してだけど、親友の前で大泣きしたことがある。

「おまえは偉かったよ。よくがんばったよ」

彼がそう言うと、僕はますます涙を流すのだった。

何があったのかは憶えていないけど、あの頃の僕は、誰かのために、人知れず歯を食いしばって何かをやりぬいたのだろう。

人は皆、自分のすべてを他者に理解してもらうことはできない。だから今夜もどこかで、涙をこらえている人がいるだろう。

家人と結婚するはるか前、僕が彼女にはじめてかけた愛の言葉は「泣いたっていいんだよ」だったと記憶している。

自分の気持ちを解き放つ術を知らずに、想いを伝える言葉を持たずに、ただひたすらいろんなものを溜めこんで、独りで苦しんでいる人がいる。

友だちがたくさんいて、異性にちやほやされても、本当の想いを投げかけることができない人がいる。

護るべき人たちを護るために、誰にも弱音をこぼさずにぎりぎりのところで踏ん張っている人がいる。

そんなすべての人に僕は言いたい。

「泣いたっていいんだよ」

歳をとると涙もろくなるけど、子どものように泣けるわけじゃない。社会的にも責任があって子どももいるいい大人が、おいそれと泣くわけにもいかない。そもそも大人は忙しいから、他人の前で泣くほど感情が昂ぶることはあまりない。

だけど本当は、毎日毎日、わずかな哀しみやひずみが、知らぬ間に心の湖に一滴ずつ溜まっていく。

職場や家庭のストレス。将来への漠然とした不安。テレビから流れる陰惨なニュース。自分を理解してくれる人があらわれない苦しみ。思い通りに動かない自分自身。

涙の湖が崩壊しないように、人は酒を飲んだりお金を使ったりあれやこれやと手を尽くすけど、湖の底で動かない涙は、やがて腐って澱となり、心を蝕んでいく。

だから大人だって、たまには泣いたっていいんじゃないだろうか。大切な人には、泣かせてあげてもいいんじゃないだろうか。

夫婦、家族、子ども、恋人、友人、同僚。どこかに、湖が溢れそうな人がいませんか。そんな人たちの話を聞いてあげてはどうでしょうか。

理由は聞かない。泣いている間ずっと、黙って背中でもさすってあげるから。

泣いたっていいんだぜベイビー。

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