捨てるだけが断捨離じゃない。死んでいた本たちに、命を吹きこむ喜び。

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夏のあいだは海だキャンプだと遊びに忙しいので、つい家の管理がおろそかになって、部屋中がゴチャゴチャしてしまう。

だから最近は、夏の終わりの気配を感じながら、毎日必ず三十分の断捨離をしている。同時に「新・片づけ術「断捨離」」を再読しはじめたら、一度目に読んだときにはわからなかったことが理解できたりして、うわあ、深いなあ、と頷く毎日だ。

断捨離のスタートは「捨てる」ことから始まるんだけど、最初はその取捨選択に迷ってしまう。

「これはまだ使えそうだからもったいない」とか「そのうち使う機会があるかもしれない」とか言ってなかなか捨てられないという「モノ中心」の考え方から、「このモノと自分との関係は生きているか」という考え方にシフトしていかなくてはならない。

何年か前に行った僕の「第一次断捨離」の際には、「とにかく捨ててスペースを確保しよう」という思いこみが強くて、「このモノと自分との関係は生きているか」という判断基準がおろそかになってしまっていたので、手放さなくてもいいものをどんどん捨ててしまって、だいぶ後悔してしまった。

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今度は同じ過ちはおかさないぞ、などと考えながら、週末に書棚の整理をしていたら、たくさんの懐かしい本や雑誌に再会した。第一次断捨離でおよそ十分の一くらいの量まで厳選された書籍たちは、どれも手放せないものたちだけど、これらを目にするのはもう数年ぶりのことだ。

せっかく僕のてきとうでずぼらな第一次断捨離をくぐり抜けた書籍たちも、何年も目にしないのであれば、その関係は死んでしまっているということだ。

とくに家内と相談して、膨大な量を手放した中で残った数冊の料理本などは、毎日使ってこそ意味があるもの。それをこんな電子ピアノの裏にある取り出すのも難儀な書棚に入れておいたらどうしようもない。

ということで、第二次断捨離では、捨てる、手放すというのと同時に、モノを生き返らせよう、というのをテーマにつづけることにした。毎日使える本はすぐに手に取れる場所に移動して、毎日見たい写真は壁に飾って、時折触れたいモノはすぐに取り出せるようにしておく。そうやって、死んでいた関係に生命を吹きこむのだ。

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二十代の頃、独り暮らしの部屋の壁に貼っていた映画のパンフレットが出てきた。哀しい映画だったけど、いつも僕を救ってくれていたビョークのやさしい表情を、また目につくところに飾ろうかと思う。

とりあえず今日のところは、ミユミユこと加藤美由紀さんの、シンプルで気取らない料理でもこしらえて、断捨離の喜びを味わうことにする。

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