コラム/エッセイ

羽生結弦は勇敢だったのか、無謀だったのか。

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フィギュアスケートの羽生結弦くんが、練習中の大ケガをおして試合に出場した件について、意見が大きく二つに分かれている。

「健気で勇敢な姿に感動した」と賞賛する声もあれば、「選手生命を危ぶむ無謀な行為だ」と非難する声もある。

結論から言うと、僕の心に刻まれたのは、羽生くんは無謀だったかもしれないが、人の心を打った、という事実でしかない。

もうひとつ付け加えるなら、あの誰にも(ケガにも)負けたくないという「負けず嫌いの才能」があったから、彼は十代にして、それも初出場のオリンピックで金メダルを手にすることができたのだ。

「マイケル・ジョーダンが世界一のプレーヤーになれたのは、彼が世界一の負けず嫌いだったから」

と言われるように、アスリートにとって負けず嫌いは大切な才能だ。本田圭佑だって中田英寿だって杉山愛だって野茂英雄だって、と書き出せばキリがないが、スター選手はだいたい超がつく負けず嫌いばかりだ。

僕は特別羽生くんのファンではなかったが、メディアで彼を見かける度に、その端正な顔立ちの裏にクソ熱い「負けず嫌い」の炎がめらめらと燃えているのを感じていた。

その「誰にも負けたくない」という魂こそが、彼が元々備えていた肉体的な才能をブーストして、その他大勢から抜きんでた選手になれたのではないだろうか。

「悪しき前例を作った」とか「今後の選手育成や教育の妨げになる」という声もあるけど、そんなフィギュア界や社会全体のことなんて僕はどうだっていい。そんなことがなくたって頭のわるい指導者はいるだろうし、やる奴はやるしやらない奴はやらない。

「嵐の中にボートを出すばかりが勇気じゃないんだよ」とスナフキンは言う。けれど人には、嵐でも行かねばならないときがある。

羽生くんにとって、あのケガをおしてまで試合に出場することは、彼の今後の選手生活のすべてを左右するほどの決断だったんじゃないだろうか。

他人にとって昨日の試合は、たくさんある試合の中のひとつでしかないかもしれない。けれど本人にとっては、すべての試合が羽生結弦の魂を見せる場であり、ひとつひとつの試合の積み重ねが、羽生結弦という選手を形づくっている。そんな気がしてならない。

「世界一の羽生はあんなケガをしてまでも出場したんだから、おまえもガンバレ!」

なんていう馬鹿な指導者が出てくるのが心配になるのは、子を持つ親としてわかるけどさ、そんな外の心配するよりも、そんな指導者を選ばないことに注力しようよ。

自分にできないことをやってのけるから、僕らはスポーツに熱狂する。ときに奇跡のような瞬間を見せてくれるから、スターは輝く。

まあ、羽生くんが身内だったら止めるけどね。

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