この映画を見終わった後には、すべての食べ物がおいしくなる。
いつもスマホをいじりながらさっさとめしをかきこんでいるあなたも、一膳の白飯と味噌汁に感動するかもしれない。
あるいは忘れかけていた大切な人と食べためしを思い出して、そっと涙を流すだろう。
STORY
とある刑務所。傷害罪で入所した栗原健太(永岡佑)、通称“新入り”が刑務所の地味な食事に落胆していると、その様子を見た同じ監房の4人が、新入りの分の食事を平らげてしまう。そんな刑務所の食事の中でも特別なのが、年に一度しかない正月のおせち料理。この監房では、おせち料理を懸けて思い出の味を語るバトルをするのが恒例だった。まずは、相田(落合モトキ)が母の味を語りはじめ……。
いわゆる「くさい飯」と言われる刑務所の質素な食事しか食べられない受刑囚たちが、シャバで食べた「最高にうまかっためし」の話をする、という展開の中で、それぞれの思い出や人との絆が切なく描かれる。
じつに、じつにいい映画だったのだが、それだけにこの「極道めし」という作品名だけが悔やまれる。
原作が大ヒットコミックということで、この名前は絶対に外せないところなのはわかるけど、もっと女性にも受け入れやすいような違う名前であれば、より世に広まった素敵な映画だと思う。
主人公はチンピラだけど、極道なんてほとんど出てこないし、人生の道を踏みあやまったものの、どちらかといえば彼らは極道とは対極にいる、やさしく平凡で愛すべき男たちばかりだ。
忘れられないメシがある。忘れられない人がいる。
それはさておき、とにかく次から次へと出てくる料理がうまそうだ。
たとえば元ホストの青年は、警察に追われて実家に逃げ帰ったときに母親が作ってくれたシャバの最後のメシを思い出す。
ほかほかのご飯の上にバターをのせて、じわーっと溶けてくのを見ながら、産みたてほやほやの卵を割って、軽く焼いたとうもろこしをぱらぱら〜ってまぶして、醤油かけて、よくかき混ぜる。
一気にかきこむ。
濃厚な卵がほかほかのごはんとよく絡みあって、ねっちりとした甘いハーモニーを生みだして、そこにとうもろこしのつぶつぶ感がいいアクセントになって。
見た目も味も、本物の黄金メシだ。
他にも、戦後の食料のない時代に、牛を一頭かっぱらって食べた味噌とはちみつのすき焼き、母親が幼い自分を捨てる日の朝に作ってくれたホットケーキ、心に深い傷を負わせた恋人が最後に作ってくれたラーメン。
追憶の味のそばには、いつもそのめしを作ってくれる人の存在があって、情があって、やっぱり最高にうまいめしは、愛情の味なのだとあらためて思う。
刑務所の軽作業中に心臓発作で倒れた男の最期の言葉は「黒はんぺんが食べたい」だった。
人が死の間際に思い浮かべるのは、やり残した後悔とかではなくて、意外とそんなもんなのかもしれない。
今年の春に亡くなった家内のお父さんは、死を覚悟してから食べ物の話ばかりしていた。「静岡で食べたあのネギラーメンが食べたい」というお義父さんの願いを叶えてあげられなかったことを、家内は今でも悔やんでいる。
物語は、これ以上ないほどに切なく、じめじめと、終わる。そのままでは涙がこぼれてしまいそうだから、上を向いて歩きだす。トータス松本の歌声が沁みて、ようやく僕も顔を上げる。
めしって言葉、いい響きだなあ。腹が減ってきたよ。80点
今ならhuluで見られる。