今日で三人の子どもの親をやめました。僕はキミたちの一番の親友だ!

Facebookでも宣言したんだけど、僕はもう、三人の子どもたちの親をやめることにしました。

と言っても、離婚して親権を放棄するとかじゃないですよ。

でも、親としての責任は、スッパリ放棄させていただきます!

だってね、それが親にとっても子どもたちにとっても一番ハッピーな道だって気づいちゃったの♫

僕はキミたちの一番の親友だ!

Best friends 914826 640

これからは、彼らの親友になります。

友だちなので、子どもたちが宿題をやらなくても、ズル休みしても、お風呂に入らなくても、叱ったりしません。

けれど友だちだから、「また学校休むのかよ!」とか「風呂入れよきたねーなー」とか、言いたいことは言います。でもコントロールはしないし、見張らない。基本的には知らん勝手にしろ。

子どもが不登校になったら、親友の僕はまず「学校行った方がいいんじゃね?」と言うでしょう。

それでも首を横に振るのなら、「なんかあった?俺に話してみろよ」と言う。

これが親だったら、「何言ってるの!学校は行かなきゃダメでしょ!早く行きなさい!」と言うだろうし、「学校で問題があるならちゃんと親に言いなさい!」と言う。

上から目線で、親の力を最大限に使って、子どもを自分の言いなりにコントロールしようとする。

そんなもん、彼らは心を閉ざしますよ。自分の話はちゃんと聞いてくれないで、押しつけようとばかりする親になんて何も言ってくれません。

僕らだって若い頃はそうだったじゃないですか?
思春期にもなれば、うるさい親よりも親友の方が信頼できたでしょ?

親+友=かけがえのない存在(親友)

「未成熟な子どもには、親が責任を持ってきちんとしつけや指導をしなくちゃダメでしょムキーーーー!」と思う人もいるでしょう。

でもね、子どもって、たぶんあなたが思っているよりずっと頭もいいし、世の理をわかっているし、しっかりしてるんですよ。そんなことないって言って、あなたがなんでもやっちゃうから、何もできなくなるの。

小学一年生の次女がミルクをこぼしたら、親だった僕はいつも「なにやってんの!」と怒鳴って、「気をつけなさいよーもうーいつもいつもー!」とかぶつぶつ言ってイライラしながら、テーブルや床を拭いていました。

でも今はそんなことしません。だって友だちがミルクこぼしたからって、後始末しないでしょ?

小学一年ともなれば、ミルクの後始末くらいできます。「うわーまたこぼしたのかよー」とか言って笑って、自分でやらせちゃう。ぞうきんがわからなかったり、洋服まで汚れていれば、ちゃんと助けてあげます。あくまで友だちとして。子どもよりはちょっと世の中のことを知っている人生の先輩として、でも同じ立場で。

宿題なんかやらなくたって死にませんよ。

ズル休みしたっていいし、ミルクこぼしたって、イタズラしたって、多少人に迷惑かけたって、不登校になったって、人生の長ーい尺で考えたら、そんなもん屁でもない。

でもそんな屁でもないことに、親は毎日目くじら立てて、眉根をひそめてイライラしてる。

だったら「親」なんてやめちゃいましょうよ。

世の中の体裁や「理想の家庭」の幻想や思いこみばかりを気にする「親」なんて放棄して、子どもだけをしっかり見つめる「親友」になれば、もういいことしかないですよ。親+友=親友。

この話はおもろいのでまた書くけど、ポイントは

  • 子どもは親が思っているよりずっとちゃんとしてる
  • 親は自分が思っているよりずっと未成熟

ってこと。

みんな生まれてはじめて子育てしてんだもん。素人のくせにいばらないで、友だちと仲良くやったらいいじゃん!

この前、乃木坂46というアイドルグループのドキュメンタリー映画を見て号泣したんだけど、アレみるとよくわかりますよ。

子どもがどんだけしっかりしていて自立できる存在なのか、そして親がどんだけ不安定で未成熟な生き物なのか。

つまり親も子もそんなに変わらないのに、親の権力振りかざしてもろくなことにならんよっちゅう話ですね。

乃木坂の映画は、アイドルの成長メモリーなんだけど、それよりも家族の物語なんですね。そうとう感銘を受けたのでそのうちレビュー書きますけど。

悲しみの忘れ方 Documentary of 乃木坂46