胸が張り裂けそうにショックだからこそ、大切なことに気がつけた話。

すこし前の話なんだけど、ちょっとショックなことがあったんです。

その日は僕の親友の奥さんが泊まりに来ていて、僕と家内と三人で夜中まで語っていたんですね。

飲みすぎ語りすぎで疲れた僕は先にソファで寝てしまったんだけど、しばらくして彼女たちの話し声で目が覚めたんです。

家内が親友の奥さんに話しているのが聞こえます。

「もうあいつがいる家になんて住んでられない。一刻も早くこんな家出ていってやるとか言ってさ〜」

はじめは何を言ってるのかわからなかったんだけど、どうやら中学生の長男のことを話しているようです。

「あいつ」というのは父親である僕のことで、僕と同じ家に住んでなんていられない、ということを息子が言っていたという話をしていたのです。

僕は自分が息子に影で「あいつ」と呼ばれていることに、ひどくショックを受けました。寝ぼけながらも、ザクザクと音を立てて心が傷つけられていくのを感じました。

思春期の中学生が父親のことをそんな風に言うのは珍しくないかもしれないけど、僕としては愛情を持って「教育」してきたつもりだったので、なかなかこたえました。

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僕は若い頃、親父が嫌いでした。正確には、怖かった。人生で何をしても、何をしなくても、親父に知られることが何より怖かった。誰かにボコボコに殴られることよりも、親父に自分の罪を知られることの方が怖かった。

だから自分の息子には、友だちのような親父になりたいと思っていたんです。

それなのに、僕は息子に「あいつ」と呼ばれていた。

翌朝、僕は家内に告白しました。

話が聞こえてしまって、ショックだったよ。今もすごくつらいよ。できれば僕が近くにいるときにああいう話はしないで欲しかったよ、と。

家内は軽率だったと謝ってくれたけど、ずいぶん長いあいだ僕は引きずっていました。

でもね、あれから時間が経って、いろんなことがわかりました。

僕と息子の認識の違い、お互いの態度のとらえ方、お互いの気持ち、良かれと思ってやっていることと裏腹な結果。

いろんな細やかな問題や課題が見えてきて、自分を見つめなおすことができました。

そして今は、僕が「親」の立場や「教育」という責任を放棄して「親友」になったので、息子とも本当に良好な関係を築いています。

「親は子どもの責任なんて取れないんだ」

「親なんてやめていいんだ」

「立場なんて超えて、お互いに幸せを目指していけばいいんだ」

ということに「気づく」ことができたので、今は本当に幸せです。

 人に言われてショックだったところに、幸せになるポイントがある。

僕の場合に限らず、幸せになるポイントは、こういう「人に言われてショックだった」ことの中にあることが多いんです。

あるいは、誰かに何かを言われて「不快」になったり、「違和感」を感じたり、「イラッと」したとしたら、そこに、あなたの人生をハッピーにする答えが眠っています。これは自信を持って言える。

そういう「イヤな」ことから無意識に逃げ続けるから、ずっと苦しいんです。

だから僕のところに相談に来る方には、

「イラッとしたり、イヤだなあと思ったら喜んでください」

と言っています。そこに辿り着けば、あらゆる悩みも、半分は解決したようなものですから。

近々、人生のあらゆる悩みに対する相談カウンセリングみたいなのを開設する予定だけど、待てないという人は、メールしてくださいね。ドアはいつでも開いています。

▶連絡先:りゅう