スーパー・メモ・デビルは今日も捨てるためにメモを取る。

僕は超メモ魔です。スーパー・メモ・デビルです。

誰かと話していても、お風呂に入っていても、ビーチを歩いていても、とにかく何か思いついたらすぐにiPhoneのEvernoteにメモします。

FastEverというアプリを使えばメモ帳にペンで書くより段違いに速くメモできるので重宝しています(箇条書きができるようにアップデートしてほしいなあ)。

でもそんな風に何でもかんでもメモしていると、Evernoteのinboxは毎日パンパンに膨れあがって、100を超えることもざらにあります。

そんな膨大な量のメモをどうしているのかというと、ほとんど、捨てているんですね。9割は捨てています。捨てるために書いているようなものです。

もちろん全てのメモをちゃんと読んで、なぜそれをメモしたのか?本当に重要なことか?と自分に問うわけだけど、結局だいたいは捨てちゃう。

重要でないから捨てるんじゃなくて、重要だからこそ残す必要がない。

昨晩のメモに「すべてをポップに!」という書き込みがありました。「!」がついてるのでけっこうテンション上がって書いたんでしょう(笑)。でもこれも捨てました。だってこんなこと絶対忘れないもん。

僕には中学生くらいの頃から「あらゆる物事をポップに表現したい」という欲望がありました。

ベッキーや乙武さんの不倫も、心屋仁之助さんの前者後者論も、シャブで捕まった野球選手のことだって、鬱病で包丁片手に血まみれになっていた僕の奥さんの話だって、ポップに伝えようと思えば伝えられる。じつは世の中に深刻なことなんてひとつもないですからね。

表現ということで言えば、井上ひさしさんの「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに、そしてゆかいなことはあくまでゆかいに」と同じようなことですが、僕の場合は超ザックリ「ポップに表したいわ〜オレ」という感じで。

そんでまあ、そういう自分の核になっている部分を大人になった僕は忘れていたわけですが、最近それを思い出してきて、やっぱりこれがやりたいんだ、これが楽しいんだとあらためて確認したので、メモに書いたわけです。だからもう、書いた時点で完了です。もういらない。ポイと捨てちゃう。

作家の故・中島らもさんも、夜中にとてつもないアイデアを思いついたので興奮しながらメモを取って、翌朝枕元のメモ帳を見たらただ一言「冷蔵庫」と書かれているのを見つけて唖然とした、という話をしてました。

あるいはメモを取るというのは、一人コンサル、一人コーチングみたいなことなのかもしれません。

頭の中にふわふわ浮いている雲のような思考を、言葉にして吐き出すことで具体性を持たせて、もう一度あらためて頭にインプットする。そうすることで思考が前へ進んでいく。誰かに相談しているように。そういうことをやっているような気がします。

ちなみに僕が自分で一番呆れたメモは「この想い!明日のオレに届け!」というものでした。自分で書いたとは言え、さすがにその想いは届きませんでした。あの想い、どこいっちゃったんだろうなあ。

Beetle

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