今から二十二年前に『タイタニック』という映画がありました。

今から百七年前に千五百人以上もの死者を出した豪華客船の悲惨な沈没事故を描いたものです。

二十二年前、僕は二十二歳で、ちょうど主人公のジャックやローズと同じくらいの年齢でした。

あれから二十二年もの月日が経ったとはとても信じられないけれど、世界中の女性を虜にしたレオナルド・ディカプリオも四十四歳、童顔の気のいいおじさん、という風情になりました。

ディカプリオと同じくらいスリムだった僕も、お腹の出たおじさんになっています。

ケイト・ウィンスレットは、三回結婚して、三人の子を産み、今もなおお綺麗で活躍されているようです。

僕には今年二十歳になる息子がいて、中学生と小学生の娘がいます。

数年前に父が亡くなり、その数年前には家内の父親が亡くなりました。

あの頃は想像すらつかなかったおじさんになった僕は、あの頃は想像すらしなかった茅ヶ崎という街に家を買って、二十二年ぶりにタイタニックを見て、もう、ただ、本当に、生きてるだけでなんとしあわせなことかと、泣き崩れています。

家があって、食べものがあって、あたたかいベッドがあって、健康な身体がある。

海があって、太陽があって、猫がいて、大切な人が近くにいる。

つらいことも、哀しいことも、晴れの日も、雨の夜も。

すべて、ある。

今からさらに二十年も経てば、僕や家内は六十歳を超えています。

タイタニックを見てから二十二年も経っているなんてとても信じられないのと同様に、きっと信じられないくらい一瞬で、その日はやってくるのでしょう。

息子は今の僕らと同じくらいの歳になって、娘たちも成人しています。

孫がいるかもしれません。あるいは僕はもう生きていないかもしれない。他の誰かが亡くなっているかもしれない。

誰かが何かで成功してひとかどの人間になっているかもしれないし、二十二年前の映画を見て泣いているかもしれない。

大災害でみんないなくなっているかもしれない。

あの頃そうだったように、何が起こるかなんて、誰にも、わからない。

経済学者だって、IT社長だって、占い師だって、政治家だって、誰にも。

ただ、生きて、何かが起きて、ただ、死ぬ。

この二十二年の間に、泣いたり笑ったり、出会ったり別れたり、躍りあがって喜ぶ日もあれば、自ら人生を閉じてしまおうと思った夜があったり、そんないろいろが、ただ、また、すぎていく。

二十二年前の僕には、実感がなかったけれど、僕らは、やがて、死ぬ。

ああ、死ぬんだなあ。

死ぬって、べつに怖いことじゃないんだなあ。

死ぬよ。死ぬ。

必ず死ぬのだから、ローズみたいに、自分らしく好きに生きようじゃないかと、原点に立ち返る。

そして、ジャックとローズが死に別れたように、ミアとセブが生き別れたように、僕らは結局、一人だ。

一人だからこそ、誰かと一緒にいられるって、それだけで、なんて素敵なことなんだろう。

二十二年前、必死で自分の居場所と味方を探していた僕と、今年二十歳になる息子に伝えたい。

ただ、生きてるだけで、もうそれだけで、最高にしあわせなんだって、気づく日が来るよと。

生きてるだけで、それでいいよ。

すこし早いけど、誕生日おめでとう。

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