オレ、一番好きな映画が『シャイニング』なんすよ。

それか『ダイ・ハード』。いまだにね。まあ年代だよね。

それはともかく、シャイニングの続編だって言うんだから、見てきましたよ『ドクター・スリープ』。

40年ぶりの続編で、もちろんキューブリックはいなくて関わってないわけだから、期待値は低かったんだけどね。そりゃまあ、あんな傑作はもはや誰にも撮れないわけだから当然で。

でも、それがよかったのか、スゲえ楽しめた!

三時間近くあって、ホラーな展開にビビらされながらだから、おっさん疲れちゃったけど、でもでも、楽しかったわ!

ポスター・ビジュアルのビビッドなイエローと、ユアン・マクレガーになんか惹かれてね、あとはぜんぜん期待してなかったんだけども。

本作の話の前にちょっと説明しておくと、まあいわゆる、前作シャイニングは、原作者のスティーブン・キングと監督のスタンリー・キューブリックの確執ってのがあってさ。

キングが勝手に怒ってた、だけなのかもしれないけど。

キングの原作は、シャインっていう超能力っていうか、特別なちからを中心に描かれていて、苦悩しながら狂気に蝕まれていく父親とかね、まあ小説ならではの心理的葛藤やらの深みがあったわけですよ。

でもキューブリックの映画は、超能力とか悪霊みたいなわかりやすい象徴を、芸術的表現の後ろに追いやった感じでね、ジャック・ニコルソン演じる親父は最初っから狂気を孕んでいたし、シャインも悪霊たちも、筋書きはあるけども、よくわからなくて、あんまハッキリしないわけ。

ね、心理学でもあるけど、人は秘密に惹かれるわけで、エヴァとかもそうだけど、わけわからんから、想像が掻きたてられる、行間に無限の世界が広がるところが、キューブリック版シャイニングの魅力なわけです。

ラストなんて、ホテルの中で時空すら越えちゃって、2001年宇宙の旅みたいになってるからね。

さらに、ホラーなのに、とにかく、死ぬほど、美しい。

冒頭の、湖を這うように動くカメラがすーっと引いて、山間を走るワーゲン・ビートルを追っていく映像に音楽、エレベーターから血が溢れ出したり、双子の女の子のシンメトリーな恐ろしさ、雪の迷路……。

言いだしたらキリがないんだけど、とにかく、画も音も、美しく、恐ろしい。

そしてその恐ろしさは、どちらかと言えば、悪霊やら超能力ではなく、もともと狂気を孕んでいる〈人間〉そのもの、だったりするんだよね。だから、よりリアルに、怖い。

でもでも、キングってのはぜんぜん、もともと違うんですよね。シャイニングの原作に限らず、デビュー作の『キャリー』からして、超能力とか悪霊とか、オカルト大好き!

で、どちらかと言えばB級なんですよ。クオリティがB級というんじゃなくてね。サブカルっていうか、オタクっぽいというか、好みが、ちょっと外れてる感じの。

そういう世界の権威で、第一人者のキングだから、キューブリックの王道をいく美しさ、映画芸術としての完成形、みたいなものに反発するのは当然で、むしろ表現者としては、そうこなくっちゃって感じの、模範的な姿勢ですよ。オレはオレだっていう心意気。

そういう経緯があった中で、続編はどうなるのかなって思ってたら、なんかもうホント、うまくこしらえたのよ、今回の監督が、ドクター・スリープ。

まず、映画が始まってすぐに、ちょっとネタバレするけど、怪しい、美しい女の、目が光るのよ。ピカーンって。

うわあ、やっちまったなあ、って思ったよ笑。

目、光らせちゃダメだろうよ、目は笑。

目を光らせたら、そりゃ、ああこの女、この世のモノではないのだな、とすぐにわかるけど、あまりにも陳腐すぎるじゃない。

キューブリックのシャイニングの、冒頭から不穏さに充ち満ちてはいるんだけど、それが何かわからないからやたら不気味で怖ーい、という深みとは正反対の演出、目を光らせちゃう魔物感!

でもね、この、のっけから目を光らせちゃったことで、いい意味で諦めがついたんだよ。ああ、コレやっぱり、シャイニングとはちゃうな、と。

そう思えたから、キューブリックの亡霊を心の棺桶に入れたから、たぶんその後の物語がすっと入ってきたんだと思う。

監督が、器用っていうか、うまいんだ。

なんだろうね、キューブリックの遺物とキングのB級テイストの絶妙なブレンドというかね、だんだん引きこまれてくんですよ。

アル中でのたうちまわる中年のユアン・マクレガーの生々しさ、というようなものも手伝ったのかもしれないんだけど、シャインを使う能力者の、ダサい言い方をすればサイキック・バトル、みたいな展開なのに、けっこう、楽しめる。いや、オモロい。

ガチでやる総合格闘技ではないんだけど、WWEのプロレスみたいな完全なショウでもない、みたいな、絶妙な完成度っていうか。

それから、オレ自身が最近、直感とかインスピレーションとか、右脳的な部分にフォーカスしてる時期だから、シャインって特別な力じゃなくて、多かれ少なかれ誰しもが持って生まれて、成長していくにつれて消えていく類いの何か、なんだろうな、という直観があって、わりとリアルに感じているのもあるかもしれないけどね。

まあ、前作ファンの立場から言えば、陳腐、ではありますよ。そりゃしゃあない。

でも、楽しめる陳腐、というかね。ホラーエンタメとして遜色ない。それにそもそも監督も、キューブリックのような作品を撮ろうとはしてない。

今回はキングも絶賛してる通り、あの陳腐さが、キングの求める世界であって、オレはそっちも好きだからね。アレはアレ、コレはコレ。

あとやっぱ思ったのは、キングのホラーみたいなエンタメって、いやそれに限らずだけど、程度の差こそあれ、誰しもが持っているかもしれない部分を描くところに、恐ろしさや感動や共感が生まれるんだなってことね。あらためて。

心の闇だったり、狂気だったり、罪悪感だったり、嫉妬心だったり、優れた直感力だったり、そういう目には見えない何か、けれどじつはみんな抱えてる普遍的な要素を、それぞれの形、モチーフで描いてるんだよなあって。

だってさ、児童虐待とか、違法薬物とか、高齢者の自動車事故とか、めちゃくちゃ叩く人っているけど、みんなホントは、そういう要素、持ってるんだよ、発露してないだけで。多かれ少なかれ、ですよ。

そこを、物語は、見せてくれる。うーん。逸れた笑。

あの、野球少年の演技、スゴかったね。怖かった。あそこは、目を閉じて耳を塞ぎたくなった。怖かった。

あと、今回残ったセリフは

「あんたは、今いるべき所にいるんだよ」

誰しも、今いる場所が、そうなのかもしれないなって。

あと、死の淵で、死ぬのが怖いという男にかけた言葉。

「死んだら無じゃない。眠るだけだから。いつもと同じ。怖くない」

死ぬのが怖いって、死んだ先が無であると思うから怖いんだよね。自分が無になるって、怖いわ。

でも、考えたら、そもそもが、自分て、この世界の一部だからね、輪廻があるのか、先はないのか、そんなことはともかく、ああ、眠るだけなのかと思ったら、なんだか安らかな気持ちにもなるよね。

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