長く空虚な春休み
長く空虚な春休み / myasxfc
教室の隅っこで現像されたばかりの写真を眺めていると、あいつが近づいてきて言った。

「モノクロならいい写真が撮れるとでも思ったかい?」

むっとして見つめると、あいつは、冗談だよ、とおどけながら教室を出ていった。

今でも僕の書斎の引きだしには、当時流行ったモノクロフィルムで撮影した色のない(hueless)写真がたくさんしまってある。

あいつは芸術家だった。

子どもの頃から絵がうまいとちやほやされてきた僕は、美術の時間に彼の描く絵を見て息を呑んだ。パレットで混ぜあわされた深い茶色が、画用紙の上で水に伸ばされて、グラデーションを描いて踊るように広がっていた。そのときはじめて、僕は本物の水彩画というものを目にしたのだった。

Bombay #6
Bombay #6 / Thomas Leuthard
文化祭で使う看板に僕が得意のイラストを描いているのを見て、あいつは目を輝かせながら言った。

「すごい!模写がとても上手だね!」

そういう褒められかたをしたのははじめてだったので戸惑ったが、後になって気がついた。あいつが言うとおり、僕は絵がうまいのではなくて、漫画やイラストを模写するのが人よりすこし上手にできるだけだったのだ。気に入った描き手のタッチを真似して似たような絵を描いていたにすぎない。

キャンプファイアの炎を見つめながらあいつは言った。

「この炎が、世界中に燃えさかる他のいかなる炎とも違うように描けなければ、本物の表現とはいえない」

Infection
Infection / raha79
芸術家であることをのぞけば、あいつはごく普通の高校生だった。ポテトチップスばかり食べて、友だちとよく笑い、ニキビを気にして、女の子のことばかり考えているような。

あいつはもう、どこにもいない。引きだしの中の色のない写真に写るはじけるような笑顔だけが、あいつが僕の隣にいた証拠だ。

あいかわらず僕は、モノクロ写真アプリを使っても、ちっともいい写真なんか撮れない。あいつが隣にいたら、きっとiPhoneを覗きこんで同じことを言っただろう。

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だけど今でも、あいつが好きだった冬の街を歩いていると、モノクロで切りとりたい景色に出会うことがよくある。

だから僕はこれからも、iPhoneにこのアプリを入れて、色のない写真を撮りつづけるだろう。