コラム/エッセイ

車の窓を開けなかったおじさんの話。【後編】[ 日刊CL*67 ] 2014/02/21

働く男達
働く男達 / hemiolia

(前回までのあらすじ)仕事で繁華街の路地裏に駐車スペースを探していたとき、貨物スペースに乗用車を駐めている人がいたので、「あとどれくらいかかりますか?」と丁寧に質問したんだけど、なぜか運転手さんは僕のことを完全無視。さてどうする?

『車の窓を開けなかったおじさんの話。【前編】』のつづき。

「がんばりや……」

丁重にお願いをしているにも関わらず、完全に無視されてしまった僕の頭に浮かんだ言葉は、自分でも意外なものだった。「そうか、がんばりや……」

若い頃なら、すぐさま憤りを爆発させていただろう。

「とりあえず窓開けろよコノヤロウ!」くらい言ってしまっていたかもしれない。

けれど、あまりにも突き抜けた非礼をはたらかれたせいか、僕がそれなりに老成したせいかわからないけど、なんとなく納得して、すんなりと引き下がってしまった。

僕は自分の車に戻って、とりあえず待つことにした。

iPhoneを取り出して、来月に会いたい人たちとの予定を調整したり、書きかけの記事を確認したり、週末の予定を立てたりしているうちに、男性の車は何事もなかったかのようにすうっと出ていった。

そのへんになってやっと気がついたのだが、僕が怒る気になれなかったのは、おじさんの瞳の奥に「怯え(おびえ)」の色が見えた気がしたからだった。

どこから見ても立派なビジネスマン。会議やプレゼンでは堂々と喋り、上司や部下にも信頼されていそうな、自信と経験が顔に出ている素敵な外貌の男性だった。

けれどその意志の強そうな両の眼の奥には、たしかに微かな怯えが見えたのだ。

その瞬間、その男性が、僕と同じ等身大の人間に見えた。

さっきまでは「態度の悪い高慢なホワイトカラー」だったその人が、僕の中で「誰かのやさしいお父さん」になってしまった。

きっとこの人も、家に帰れば、やさしい奥さんと可愛い子どもたちが待っているのだろう。今日は仕事なのかプライベートなのか知らないけど、用事があって朝からこの街にきて、とりあえず空いていたから貨物スペースに駐車してしまっただけで、いつもはいいお父さんに違いない。愛する家族や仕事を守るために、ここへきているのかもしれない。後ろめたい気持ちがあるからこそ、僕とまっすぐ対峙できなかったのかもしれない。人はやましいことを抱えていると、無礼な態度を取ってしまうものだ。

そこまで想像をたくましくしてしまった途端、僕はどこかで彼を応援していた。

「人生いろいろあるよね、家族や仕事を抱えてると大変なこともあるよね、がんばりや……」

そう思ったのだ。

これは、僕が大人の対応をしただとかいう話ではない。

自分でもよくわからないんだけど、ある程度の年齢を越えると、人類みな兄弟というか、人生の哀しみや苦しみを肌で理解できてくるせいか、若い頃より他人を許せるようになる気がする。

他人を許せるようになると、世界が繋がっている気がしてくる。

今まで自分とはまったく関係ないと思っていた人たちも、自分と同じ世界に生きて、同じ喜怒哀楽を抱いて健気に生きているのだというふうに感じられてくる。

そういうふうに思えるようになると、取引先の腹立たしい担当も、態度の悪いおっさんも、クオリティの低いサービスも、いばりちらした同僚も、誰もを憎めなくなってくる。

とりあえず僕もがんばるわ。だからあんたも、がんばりや。

そう言いたくなってくるのである。

2014年2月21日午後7時34分。リビングのソファにて。疲れた金曜の夕方に帰宅すると、娘二人が「おかえり!」と庭に飛び出してきて、抱っこをせがまれた。世界にこんな幸せがあるのだろうか、とか思いながら。

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