Skating on frozen Tjornin, Reykjavik
Skating on frozen Tjornin, Reykjavik / suvodeb

過日。仲のいい友人たちとひさしぶりに飲みに出かけた。

その夜はいつものように近況報告をしたり、他愛のない話をひとしきりした後に、最近よく耳にする「ありのままで」の話になった。

 

毎日のようにどこかで流れている「アナと雪の女王」の主題歌のサビでは、松たか子さんが「ありのままの姿見せるのよ。ありのままの自分でいいの」と声高く唄ってらっしゃる。

ブルーノ・マーズの大ヒット曲「Just the way you are」も「そのままの君でいて」っていう歌。

古くはビートルズの名曲「Let it be」も「あるがままに」って。

いろんなところでいろんな人が「ありのままでいいんだよ」って言ってるし、僕は最近、ネガティブ・ビリーフ(自己否定の思いこみ)を解放するための勉強会に参加したりしていたので、もうありのままに、それでいいって信じてたんだよね。

だけど友人は真剣な顔で、ややうんざりした表情で、言ったんだ。

「ありのままじゃ絶対ダメだよ。絶対」

僕は正直意外だった。

この友人は、便利なデジタルより不便なアナログを選び、街より海を愛し、沖縄と三線の音色を好むナチュラリストなので、どちらかというと誰にも言われなくたって、人生はありのままで自然でいいんだ、とか言う人だと思っていたから。というかきっと、かつてはそういうことを言っていたはずだ。

そんな彼は「アナと雪の女王」も観たというのに、ありのままじゃダメだよ、と言う。しかも絶対にと。

不思議に思って尋ねてみると「ありのままの自分をさらけ出したら、まわりの人に迷惑がかかる」と言う。たしかに彼の近況を聞いていると、なかなか大変な思いをしているようだ。

けれどその考え方はまさに雪の女王エルサの「私が部屋を出たらすべてを凍りつかせて、みんなを苦しめてしまう」というネガティブ・ビリーフに他ならないじゃないか。

僕はセミナーで、幼い頃に受けた小さな傷が原因で、大人になっても自分を苦しめるネガティブ・ビリーフを解放して、感動のあまり号泣して、スッキリした顔で帰っていった人を目の当たりにしたので、きっと彼にも何か役に立てるかと思って、いろいろと話してみた。

僕らはみんなただ存在するだけで素晴らしいんだぜ!多くの人が自分を自分で縛りつけて苦しんでるんだから、変な思いこみを解放して自分らしく生きようぜ!こんなスゴいセミナーや勉強会があるんだぜ!世界的に有名な書籍でも学べる!アナ雪だってブルーノ・マーズだってポールだって、他にも世界中のいろんな人が言っているんだから「ありのままで」いいんだよ絶対!

なんてことを酒の勢いに乗せてまくしたてながら、実際にセミナーで学んだ心理学の概要や、ビリーフを解放する具体的な方法などを丁寧に説明した。無意識下で自分を否定している思いこみの存在に気づき、それを手放していく流れ。

僕の話をひとしきり真剣に聞いた後、彼は言った。

「そんなもんに気づく必要があるのかな?」

そのとき、ハッとした。伝わっていない。

僕は延々と彼を説得しようとしていたけど、間違っているのは僕のほうじゃないだろうか、と。

ネガティブ・ビリーフセミナーで学んだ日の夜、興奮した僕は、同じように家内にも熱くセミナーの内容を語った。僕自身が、完璧ではないにしろ、大きなビリーフを捨て去ることができて、心健やかにスッキリした気分になれたので、家内にも教えてあげたかったのだ。

ちょっと複雑な生育環境でネガティブ・ビリーフ多めな彼女だし、解放する具体的な方法は学んだばっかりだから僕にだってできるだろうし、何より愛する人をすこしでも幸せにしたいという純粋な気持ちだった。

セミナーでやったのと同じワークをひとしきりやった家内は、わくわくしながら反応を待つ僕に言った。

「べつに解放したいものなんてないよ」

え?……苦笑しながら脱力する僕。

こんなに素晴らしい体験だったのに、それを丁寧に噛みしめながら説明したのに、やっぱり伝わっていない。と言うより、必要とされていない。

でもよく考えてみると、僕は彼女たちによかれと思って「ありのままで」と言っているけど、そもそも「あなたにはネガティブ・ビリーフという呪いがかかっているから、今すぐそれを解放して幸せになろう」と言っている行為って、相手の「ありのまま」をちっとも受けて入れていないってことじゃね?

ブルーノ・マーズは「Just the way you are」の中で「君に、僕が変えたいと思うところなんてひとつもないよ」って唄ってる。本当の「ありのまま」って、そういうことかもしれない。

「ありのままではダメだよ」と言っている友人に、「ありのままでいろよ」と変化を求める僕は、彼の「ありのまま」をちっとも認めていない。結果的には「君はありのままじゃダメだよ」と言っていることになっちゃった。

だから、それ以上「ありのままで」を押すのはやめにした。

友人が「自分はもっとがんばんなきゃダメだ」と言うので、さっきまでは「がんばんなくてもいいんだよ、ありのままで」と言っていた僕だけど、「そうか、無理せずがんばんな」と言ってみた。

帰り際にもあいかわらず友人が「ありのままじゃ絶対にダメだ」と言うので、今度は「そうかもしれないな」って言ってみた。

それが正しかったのかどうかはわからない。間違った道を後押ししてしまったのかもしれない。

けれど少なくとも僕は、彼のありのままを認めてあげたいと思った。ありのままの家内を守ってあげようと決めた。

「ありのまま」っていうのは、自分がなるものではなくて、受け入れるものなのかもしれない。

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