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海辺の散歩道でカラスに餌付けをしているおじさんがいた。

路地裏の猫や七里ヶ浜のトンビにエサをやっている人は見たことがあるけど、カラスにエサをやってる人ははじめてだ。

それにそこは子どもたちだって通る道だから、餌付けなんかしてカラスが居着いてしまったら危険きわまりない。

そんなふうに考えながらも一度は通りすぎちゃったんだけど、さんぽの帰りにまだおじさんがいたら、今度こそ注意してやろうと思っていた。

そういえば数日前に、ちょうどあの辺でカラスに囲まれて傘を振りまわしてるおじさんがいたじゃないか。あれはきっとカラスに襲われたにちがいないよ。あのおじさんは傘を持っていたからいいけど、小さな子どもや赤ちゃんだったらケガをしていたかもしれない。

その先の漁港でひきかえして戻ってみると、残念ながらおじさんはまだそこにいて、パンだかなんだかを紙袋から出してはカラスに与えていた。

僕は本当に腹が立ってきて、声をかけようとおじさんの顔を覗きこんだ。けどその場で固まっちゃった。

おじさんは笑ってたんだ。

口だけが笑いのかたちにくいっと曲がってるけど、目は笑っていない。僕は知ってるよ。これは泣いてる顔だ。泣き方を忘れた大人が泣いてるときの顔だった。

僕はなんとなく、そのままその場を離れてしまった。

おじさんは大きな紙袋と汚い傘を持っていた。ああ、カラスに襲われていたのはあのおじさんだったのか。自分でエサをあげておきながら、カラスを追い払っていたんだ。

よくわからないけど、胃のあたりがきゅっと締めつけられた。

さっきまでは、あのおじさんは絶対に許さないと激しい憤りに拳を握っていたのに、全身から力が抜けてしまった。

僕はそのとき、史群アル仙さんの漫画を思い出した。

おじさんだって好きでカラスに餌をやってるわけじゃないもんな。カラスに囲まれて喜ぶ人なんていないよな。

僕はあのおじさんを注意するべきだったかもしれないけど、できなかった。いちばん辛いのはおじさんだって気がしたからだ。

人には、自分でもどうしようもないってことがある。そして誰かを傷つけるのは、いつだって誰かに傷つけられた人だから。おじさんが海に癒やされることを祈って、ふがいない僕は家路を急いだ。