『魔女の宅急便』の主人公キキと一緒にいる黒猫のジジっているじゃないですか。

キキは魔法使いなんでジジと会話ができるんだけど、途中からジジの話すことが理解できなくなっちゃうのね。

ジジの言葉は自分の心の声だった

話の流れであれはキキの魔力が弱くなったせいだってみんな思うんだけど、宮崎駿さん的にはそういうことじゃなかったんですって。

「ジジの声はもともとキキ自身の声で、キキが成長したためジジの声が必要なくなった。変わったのはジジではなくキキ」 と、宮崎駿監督は述べている。___「魔女の宅急便」でジジが突如話せなくなった本当の理由…その想定外の理由に驚きの声。|Cadot(カド)

つまりジジというのはキキの迷いや弱音などの「心の声」を反映する存在だったんですね。

映画『シャイニング』のダニー少年も自分の指にトニーという想像上の友だちを持っていて、対話してました。

まだ世界の在りように不慣れな子どもには迷いや疑問を整理するためにこういう存在が必要なんだろうけど、キキは一人前の魔女になったからもう必要なくなったという話。

大人だってジジと話したほうがいいよ

漫画『アイアムアヒーロー』の主人公は、おっさんになってもまだ想像上の「後輩」と対話して現実逃避してるからダメだよね〜っていう。

でもね、大人になってもこういう「自分と対話する存在」っていていいと思うんですよ。

むしろ物質社会から本質社会へと移り変わっている混沌とした現代だもん、迷える大人も心にジジを飼っていたほうがいいんですよ。

魔女が空飛んでても許されるようなのんびりした時代じゃないでしょ今は

大人は情報に踊らされて自分に嘘ばっかついてるから

僕なんか最近いつも自分と対話してますよ。

自分の中にもう一人の自分がいて、そいつがいつも「おまえそれ本当か?」とか聞いてくんの。

「あ〜スノボー行きてえけど今月は金がねえな〜」って思うと、そいつが「本当に金ないの?あるんじゃね?むしろ本当にスノボー行きたいの?」みたいに聞いてくるのね。

そんであらためて考えてみると、じつは行こうと思えば行けるし、Facebookで友だちがスノボー行ってたから行きたくなったけど、本当はそれより家族でディズニーランド行きたいなあって気づく。

人生相談とかでもよく言うんだけど、僕らメチャクチャ自分のこと騙してますからね。好きでもないものを好きだと思いこんだり、自分に嘘ばっかりついて苦しむの。

っていうか「悩む」ってことの本質は「自分に嘘をついている」ってことですからね。オレいいこと言うなあ(笑)。

このバカみたいな情報化社会だからこそ、自分の本音や物事の本質を見極めるために、大人だって心にジジを飼っといたほうがいいですよ。

まあうちには本物の猫のかりん様がいて、あれこれ教えてくれるんですけどね。ニャー!
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