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先日、家内が「素敵な映画名言集を見つけたよ」とプレゼントしてくれたのがこの本なのだが、これは決して名言集ではない。

タイトルは『みんなの映画100選|あのシーン|あのセリフ』であるし、ページをめくればどこかで見たような味のあるイラストの横にそれらしい言葉が載っているので、一見名言集に見えなくもないが、これはあくまで映画のセリフを軸にした「映画紹介本」であり、そのメッセージは帯にあるように「そうだ、映画を観よう!」である。

制作は、イラストレーターの長場雄さんという人が「好きな映画」の「好きなワンシーン」を描き、ライターの鍵和田啓介さんという人がその映画から「好きなセリフ」を抜き出して勝手に解説を書いた、のだそうである。

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本書に収められたセリフの数々を読んでみると、どれもいわゆる名言という感じはしない。人生の役に立つとか、ブルーな気持ちをあったかくしてくれるような気の利いたセリフもなくはないが、それよりは「ん……いったい何が言いたいんだ?」と不思議に感じて、思わず下の解説を読んで、その作品に興味をひかれて見たくなってくる、という導線になっている。

どちらかというとおセンチな名言が好きなぼくはちょっと拍子抜けしてしまったが、これはこれで、じつは押しつけがましくなくて、いい味を出している。「この映画最高!」とか「どうよこの名言!」みたいな鬱陶しさがない。

ぼくも映画ライターをやっているし、ブログでも映画を紹介することが少なくないのだけれど、最近よく思うのが、誰かに「好きな映画」を紹介するのにもっとも適した文章というのは、肩の凝らない居酒屋かなんかで気になる女の子に熱っぽく語るような言葉だってことだ。

そこで、「俳優の誰それの演技がいつにも増して鬼気迫っている」だとか、「この監督はいつも物語の裏に仕掛けをしていてね……」なんていう映画知識を披露すれば、浅はかな女子は騙されてしまうかもしれないけど、きっと聡明な彼女は瞬時に白けてしまうでしょう。それよりは、自分が「好きなシーン」の「好きなセリフ」に感銘を受けた話をそのまんまの熱で伝えれば、きっと相手も興味を持ってくれて、二人の空気もより温まるんじゃないですか。

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本書は、そのイラストのタッチといい、セリフを軸にした体裁といい、かの和田誠さんの名著『お楽しみはこれからだ_映画の名セリフ』を彷彿とさせるのだが、正直に言って映画の解説もイラストも(これは個人的な好き嫌いだけど)、和田誠さんと比べるとやや見劣りしてしまう。

けれど、上品なユーモアに富んだ良質のエッセイとして楽しめる和田誠さんの本よりも、シンプルにスピーディに伝わってくるものがこの本にはある。文字数が適度でわかりやすい解説と、ポップで押しつけがましくないイラストのおかげで、時間をかけずに映画に興味を引かれるのには、インターネット時代らしいスピード感がある。さっと読んで、「ああこの映画観てみたいぞ」となる。

各ページに監督や役者の名前が載っていないので、スターに惑わされず作品のセリフや内容だけに集中できるのも好ましい(映画の詳細は巻末にまとめて載ってる)。

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おもしろいのは、背表紙がない特別なつくりなので、どのページを開けても、そのまま机に広げて手を離しても本が閉じないようになっているんだよこれ。

映画っていろいろありすぎて何を観たらいいかわからない人、ふだんはあんまり映画って観ないんだよなあって人も、この本を拠り所にしてみたら、重すぎず軽すぎず、難解すぎずミーハーすぎない、いわゆる「いい映画」ってのを楽しめると思います。日本映画がアニメだけってのは寂しいけど、チョイスがぼくの好みをくすぐるんですよね。同年代の人なのかしら。それではまた。