住んでいる町においしい中華料理店があるのとないのとでは、人生の幸福度がちがう、とわりと真剣に思っている。
「萬来」は茅ヶ崎の隣駅の辻堂にあるので、車で行かなければならないのだが、ときおり思い出したかのように昼飯を食べに行く。
ここはネットで賞賛されたり、わざわざ遠方から食べに来るような店じゃない。昔ながらの街の中華屋さん。息を呑むほどうまいというわけじゃないが、いつ食べても安心する味。死ぬまで何度も何度も食べたい味。食べるといつもほんわかと幸せになる味。
細切り肉そばとジャンボ餃子が絶品だが、常連たちは日替わりランチや定食、ラーメンセットなど、各々ちがうメニューを頼む。正統な街の中華屋さんというのは、何を食ってもうまいのだ。
いつもは肉そばをすするのだが、今日は気まぐれにネギラーメンと半チャーハンのセットにしてみる。
小さめのレンゲでチャーハンを一口ほおばると、思わず笑みがこぼれる。チャーハンてのは、余計な手を加えなくとも、きちんとつくればこれだけおいしい食べものなんだ、ということを教えてくれる。理屈抜きに。
家内が注文した「ナスのみそ味ピリ辛炒め」を食べようと割りばしを手に取ると、はしの先に「当り」の文字。どういうことかと驚いていたら、ご主人が「ちょっと待ってくださいね」と微笑み、しばらくするとサービスの肉シュウマイが運ばれてくる。中華屋さんで当たりくじというのもびっくりだが、肉がぎっしり詰まったこのシュウマイがまたうまい。
ぼくの持論だが、街の中華屋さんというのは、ご主人にすべてかかっていると思う。
都立大駅の近くにあった中華屋さんも、学芸大のあの店も、茅ヶ崎のあそこも、そしてこの萬来も、地味ながらおいしくて、いつも昼時はお客さんでいっぱいなお店には、一見ガンコで厳しそうなご主人がいる。
てきぱきとスタッフに指示を出しながら鍋を振る姿を見ているとちょっと怖そうなんだけど、じつはけっこうやさしくて、でも一本芯が通っていて、店のテーブルや床がいつもピカピカだったり、スタッフみんなが気持ちよく声を出しているのは、ぜんぶこのご主人がもたらしているものなんだなと思う。
スティーブ・ジョブズじゃないけど、この人がいないと成り立たないというご主人がいる店は、だいたいがうまい。だから、こんなことを言ったらなんだけど、ご主人がいなくなったら、お店は少しずつ綻びを見せて、同じようにはいかない気がする。ぼくはそんな日が来ないことを祈りながら、ときおり思い出したかのように肉そばをすすりに行くだけだが。
萬来は大きな声で人にすすめるような店じゃない。けれど、人にすすめる店だけがいい店というわけでもない。黙って通いつづける店がある。