心が引き裂かれるような痛み。

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心が引き裂かれるような痛み、って、いうでしょう。

あれって、単なる比喩表現じゃなくて、本当に、自分の中にある相反する二つの感情に、心が引き裂かれてしまうってことなんだよな。

恋人のいる女に惚れちゃったり、妻子ある男と恋に落ちたら、頭ではダメだってわかっていながらも、心はそっちに引っぱられちゃう。理屈と心が心身を真っ二つに引き裂くから、苦しくてしょうがない。

虐待されて育った女が、自分の娘には絶対に同じようにはしない、って思いながらも、幼い頃の自分より自由にワガママに生きる娘に腹が立ってしまう。頭ではこうしたいと願うのに、心はそれを裏切る。

クラスメイトの女子に恋した中学生が、彼女を汚したくないと想う一方で、彼女の面影を思いだしながらオナニーしちゃうのとかも笑。

「こうしたい」って本音と、「これをしたらダメだ」っていう社会的な倫理やルールが、俺たちを真っ二つに引き裂く。

深刻な話でも間抜けな話でも、何かに苦悩を抱えて悶々とするっていうのはだいたい、そういう相反する二つの感情に引き裂かれてるってことなんじゃないか。

「週プレ」に「リリーフランキーの人生相談」っていう、非常にふざけてて、それでいてたまに唸っちゃう連載があってね。

毎回、若い女性がマジメな相談を持ちかけると、リリーさんが「あなたはオナニーしないから色気がないんだよ」なんつって、最後には電マをプレゼントするんだけど笑。

この前の女性は、好きだと思ってつきあおうとしても、頭がメルヘンになっちゃって、どうしても先へ進めないと。

「それはしょうがない。俺だっていまだにそうだもん。誰もが「メルヘンな気持ち」と「セックスしたいっていう気持ち」が並走してるんだよ」

あの、性の伝道師みたいなリリー・フランキーさんでさえ、プラトニックな恋愛と、やりたいって欲望の狭間で悶々としてると。

う〜ん、いい!

人生って、そういう狭間が楽しいんだよな、って思わない?

小説とか映画とか、胸にぐっと迫る物語ってどれも、引き裂かれてる人たちの話なんだよ。

そういう心のしがらみを取っぱらって、好きなことだけやっちゃえーい!ってのもわるくないし、俺もそういう時期があったけど、その引き裂かれる感情の狭間がね、なんていうか、人間の「味」みたいな魅力なんかなあ、なんて思ったりもするよ。

ホリエモンとか西野とか、言ってることはわかるけど、深みとか渋みとかの味がまったくしないじゃん。計算機が喋ってるみたいな味気なさ。

俺も、思春期の息子に対して、「親をなめんじゃねえよコノヤロー!」って苛立ちと、「親なんかなめて好きなように生きなさい」って愛情が併走してるよ。

引き裂かれるのは痛いけどさ、無理やりどちらかに振れるのも違うと思うからさ、リリーさんの言うように、その相反する感情を併走させて、ふらふらバランスをとって生きていけたらいいよな。

とりあえず俺が今、悶々と苦悩してるのは、今日これから昼に何ラーメンを食うか?ってことだ。

「横浜飯店」のシイタケソバもいいし、「麺や鐙」のとりそばも捨てがたい。「ヌードルワークス」で大分ラーメンもたまんねえんだよなあ。引き裂かれるなあ。