コラム/エッセイ

ひとつ終わって、ひとつ始まる。

親父が三十五年やってたお店が閉店してね、過日クロージングパーティみたいなのをしてきたんだけど。

三十五年って考えてみたらすんごい時間。おぎゃあおぎゃあと泣くばかりの赤子が生意気に文句を言うようになってオナニーしながら自意識に苦しみながら童貞処女を捨てつつ社会に出て不条理を受け容れることが生きていくことかと肌で学びながら結婚して子どもをこしらえてそろそろ人生の折り返しが見えてきたけどまだまだ覇気と情熱が燃えているおっさんになるくらいの長い期間ですからね、人で言えば。

親父が死んだときも、「先生には四十年以上お世話になりまして」と泣いてくれるお客さんがたくさんいて、「おおう、俺より付き合い長いんだな」と驚いたもんだけど、飲食店でも美容室でもなんでも、三十年以上コンスタントに通うお店があるって感慨深いね。俺が三十年通ってる店なんてあるだろうか。ラーメン花月だって三十年も通ってないわ。

先日、ある小説を読んでいたら、「死んだあいつをもう一度殺せ」みたいな過激な話があって、言葉の響きはわるいけど、すごく腑に落ちたんです。それは若くして死んじまったクラスメイトのことを忘れられずにいつまでも苦しんでいる若者に向けられた言葉だったんだけど、自分にとって大きな存在を喪失すると、さらにその存在が大きな形で心に巣くうんだよな。

とくにお弟子さんとか子どもとか、その人の影響をたっぷり受けて価値観の形成をしてきた者にとっては、その人がいなくなると余計にその人の存在が増大してしまうことがある。けれど守破離なんて言うように、教えや型、価値観を守って破って離れていくのが、ようやっと〈自分の人生〉を生きることであって、そういう意味では「死んだあの人をもう一度殺せ」というのは間違ってないだろ。

前にも書いたけど、宇多田ヒカルさんの『Fantôme』ってアルバムも、愛して憧れて影響を受けた母の呪縛から解放されるための禊(みそぎ)みたいな気がするんだよな。

友よ父よ母よ先生よ、いろいろありがとうね。おかげさまでここまできたけど、こっからは俺の道を歩くからよ。上から見守っててくれよ。わりいけど、先に死んどいてな。じゃあな。ってなもんでさ。

これからはあの街を歩いても、お店がないんだなと思うと、やっぱりちょっと寂しいけどな。ひとつひとつ終わって、ひとつひとつ始まっていくよな。

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