朝掘った穴を、午後埋める。もし毎日がそんな究極の拷問だったら。

 

Digging sand
Digging sand / National Library of Scotland

たとえばこういうことだ。

毎日100%の力で働ける人はいない。仕事の内容にもよるけど、毎日定期的に何かしらの作業をしている人なら、せいぜい60%、多くても80%程度のエネルギーで仕事をこなしているのではないか。

残りの40〜20%のエネルギーを使って、僕らはゴハンを食べたりテレビを見たり家族と笑ったり友人と遊んだり恋人と愛しあったり、夢を追いかけたり人を妬んだり自分を傷つけたりする。

 

僕のまわりには、人生の暗い穴に墜ちてしまって会社へ行けなくなった人が何人か(僕も含めて)いる。世間はすぐにそれを鬱(うつ)とか不安神経症とか呼ぶけど、僕のはそういう病気じゃなかったと思ってる。ただ、穴に墜ちてしまったのだ。

そして穴に墜ちたことのある彼らみんなに共通しているのは、ある期間に、毎日100%の力でがんばりつづけてしまった、ということだ。

プロ野球の先発ピッチャーは、一試合投げたら5日から6日は休むことになっている。メジャーは中4日だけど、そこでがんばりすぎたマー君は肘を壊してしまった。超一流投手と言われながら、甲子園の連投でプロに入る前に潰れてしまった若き才能もたくさんある。

けれど誰だって、休養が大切だってことはわかってる。毎日24時間を100%で生きていたらすぐに潰れてしまうことくらい理解してる。だから意図的に休憩時間を用意したり、睡眠時間を確保したりするんだけど、ずっとがんばってると、休むことができなくなってくるんだ。

寝ているときも身体中が強ばって、夢の中でも仕事をしてる。ちょっと休むか、とソファに座っても、どうやって休んでいいかわからなくて不安になるから、すぐに仕事に戻ってしまう。コーヒーを煎れてみても、飲んでる時間がもったいない気がして、座ってる時間がもったいない気がして、シンクに流して仕事に戻る。

何もかもが結果に結びつかないと意味がないような気がして、しまいにはすべてに価値を見出せなくなってしまう。

なんでそんなことになっちゃうかっていうとさ、すぐに結果が見えないからなんだよね。

100%の力で一試合投げきって勝利投手になれたらいいけど、僕らの日常ではそんなにわかりやすい結果はついてこない。いきなりお金持ちにはならないし、いきなり有名にもならないし、いきなり100万PVにもならない。どんなにがんばっても、ふらふらになりながら働いても、結果がついてこないから、人は暗い方へ墜ちていく。

ドストエフスキーは『死の家の記録』の中で、究極の拷問について語っている。シベリアに流刑されたドストエフスキーは、半日かけて穴を掘り、半日かけてその穴を埋めるという強制労働をひたすらやらされた。何の意味もない単純作業を延々とやらされると、やがて人は精神に異常をきたし、発狂して死んでしまうという。

毎日100%がんばりつづけて、暗い穴に墜ちてしまうというのは、きっとそういうことなんだと思う。

がんばってもがんばっても結果がついてこない、生活が豊かにならない、つらいことが減らない。朝自分で掘った穴を、午後自分で埋めている。そんなふうになったら、誰だって生きる意味が見出せなくなってしまうだろう。

じゃあ、どうしたらいいんだろう。ってところで、子どもたちが帰ってきたから、つづきはまたにしよう。

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